第11話「囮」
囮の作戦は単純だ。昼あたりに決められたルートを俺がサリーと散歩するだけ。
食べ歩きは好きにしていいらしいから、少しサリーの気になるものとかも食べたりしよう。
その間は近衛兵が付きっきりで俺たちに張り付くというわけだ。単純すぎる故に相手は引っかかるだろうという算段だ。
「サリー、ちょっといいかい?」
「なんじゃ?」
「サリエンテさんが呼んでるからおいで」
同室のリリとミィちゃんには怪しまれないようにそれとなくサリーだけを連れ出す。
「よし、これでいいか。サリー行くよ」
「? わかったのじゃ」
一応あとから話が漏れると絶対リリあたりは不貞腐れる気がするから本当にサリエンテさんのところには連れて行くよ。
今は緊急事態なので簡単な挨拶レベルの会話しかできなさそうだったけど。
「サリー、ちょっと出かけるか」
「!! いいのか?」
「こっそりな。二人の秘密だぞ?」
「うむ! わかった!」
多分サリーのことだから自慢したりすることはないだろう。二人の秘密と釘も刺しておいた。
さて、ここからは決められたルートを歩く。念のため自分とサリーに自動反撃を展開しておく。
「何か食べたいものはあるかい?」
基本的に店内には入らないで外にいる。なので露店で色々と食べ歩くことにある。
みんなには悪いが、サリーと楽しませてもらう。仕事だからね。俺、囮やってますからね。少しくらい楽しんだっていいじゃない。
もちろん、気は抜かないけど。
「肉が食べたいのじゃ!」
「じゃあ串焼きでも買ってみようか」
「うむ!」
ボリュームのある鳥の串焼きを買ったが、これがまた美味い。囮で街をぶらついていることを忘れそうになったよ。
ちなみにサリーは二本も食べていた。食欲旺盛で良いことだ。
「食べたら少し歩かないとね」
「太ってしまうからな! 行くのじゃ!」
「おう」
さて、ここからは決められたルートを歩くことになる。
絶妙に人目につかないところを自然と歩くいているようにみえるルートらしい。ルートを考えた近衛兵さん、さすがです。
特に視線を感じるとかはない。そんな気配に敏感なわけでもないからな。
正直、近衛兵たちが近くにいるのすらもわからなかったりする。
「……サリー」
「なんじゃ?」
「お父さんとはどうだい?」
「大丈夫なのじゃ。父上も謝ってくれたし」
「よかったよかった」
この感じだと本当に問題なさそうだ。
わしゃわしゃと頭を撫でてやる。髪がサラサラで羨ましいな。
◇◆◇◆
『お前は何をしているのですか?』
「――!?」
『ダメですよ。あの方へ殺意を向けるとは……』
「な、何者――」
『
黒髪長髪の美しい女性は、その手に握る長刀を目の前の者に一振りした。
「あが……っ……」
その者は粒子となって消滅した。まるで、ダンジョン産の魔物のように。
『まだ、力不足ですね……あと少しなのですが……』
その女性はその刹那、霧散した。
◇◆◇◆
「……サリー、おいで」
「ディル……」
「大丈夫だから」
少し歩いていたところ、二人に挟み撃ちにされた。先方はまだ手を出してこない。
いずれにせよ自動反撃があるから大丈夫だとは思うんだけど。
かなり不安そうなサリーを抱きかかえ、近衛兵を待つ。
「その娘をこちらへ渡せ」
「どちらさまで?」
知らないふり知らないふり。
「いいから、早くしろ」
「それは聞けない願いだな」
恐怖感はない。呪いの類さえ避けられればこの程度の相手では俺の結界は破られない。そのくらいの自信はある。
「では、力ずくで渡してもらうとしようか」
あれ、こいつらも俺で捕縛できるのではないだろうか。と思っていたらキルトンとステラさんが急に目の前に現れた。
「あとは俺たちが」
そのあとは早かった。先方はキルトンとステラさんに即座に制圧された。
この二人はやはり能力がかなり高い。俺にはあんな動きはできないし羨ましい限りだ。
「ディル君、ありがとうね。こんなことに巻き込んじゃって」
「いえいえ、サリー、大丈夫かい?」
「大丈夫なのじゃ!」
「よかったよかった……」
事後処理は近衛兵が行う。まあ、俺がそこに関わるのはおかしいからね。あとはお任せだ。サリーとはもう少し食べ歩いて帰るかな。
「サリー、まだ食べれるかい?」
「いけるのじゃ!」
「よし、それじゃもう少し食べてから帰るか!」
「いくのじゃー!」
その後は近衛兵が一人ついてくれていたらしいが、襲撃を受けることはなかった。
サリーがこの日の夕食をあまり食べられなかったのは言うまでもない。襲われたからではなく、食べ歩き過ぎたからだ。
「ディルよ、今日はすまなかったな。助かったよ」
「いえ、サリーのためだと思えば」
「ありがとう。ただな、一人取り逃していたみたいだ……三人いたらしいのだが、あの場にいた二人以外は見つからなくてな……」
それは現実的に仕方ないだろう。予備の人員として潜んでいることは十分あり得る。
「仕方ないですよ。隠密はレベル高そうな感じでしたし」
「そうだな。すまない。一応、もう安全だとは思うが少し気を張っててくれ」
「もちろんです」
もう何も起こらないことを祈ろう。とはいえ、問題解決に必要であるなら協力はしたいと思う。俺とてサリーが危険な目に遭うことは受け入れ難いから。
「やはり……ディルを婿に迎えたいものだ」
ガネシャは独り言を呟く。
「サリーも懐いているからな。良いと思うのだが……サリエンテにきちんと相談するか……」
いつの間にかガネシャのディルへの評価は鰻登りになっていた。
サリシャを守ってくれる強い意志や、父子の関係改善に一役買っていたのでそうなるのも当然かもしれない。
「サリシャの婿となると、もうなあ……ディルだけなんだよな……」
ガネシャの呟きは執務室の虚空に響いた。
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