第9話「女神の加護」

「なんですって?」

「ディルにサリシャの娘婿となるよう話をした」


 ガネシャは早速サリエンテに報告をしていた。


「彼の意思は?」

「聞くわけないだろう。聞かずとも良い返事をするに決まっ――「バカじゃないの!?」


 全くもってディルの予想通り、ガネシャはサリエンテにひどく叱られていた。

 ディルを婿としたのが問題なのではなく、なぜこのような意味不明の行動をしてしまうのか、と。


「あなたは、どうしてもう……」

「お、俺だって……」


 呆れ果てて声も小さくなるサリエンテ。対するガネシャも叱られたのが効いたのかしゅんとしている。


「ディル君と話すときは私も同席するので、必ず呼んでくださいね」

「わ、わかったよ……」




◇◆◇◆




 翌日、ガネシャさんに呼ばれた。なぜかサリエンテさんも同席している。


「まず、ディル。婿の件は考えてくれたか?」

「あなた!! はぁ、ディル君ごめんね。その件は彼が勝手に暴走しただけだから……気にしないで」


 やっぱりこれはサリエンテさんに怒られただろうな。この期に及んでまだ俺に婿の話題を振ってくる胆力には驚きだ。


「は、はい。そう言っていただけると助かります」

「むぅ……」


 やはりサリエンテさんには頭が上がらないのだろうが、ガネシャさん少し納得していない感じだ。

 ただ、ガネシャさんはこれ以上余計なことは言わなかったのでこの件は流れた。


「それで、加護の件だが」

「あなた、それ何の話なの?」


 この話をサリエンテさんにはせず、婿の話だけしていたのか。面白い人だ。


「ああ。ディルは主柱ではない女神の加護を受けている。これは間違いない」

「そ、そうなの……」


 そしてこの件は今この場でサリエンテさんが知ったと。またあとで何か言われそうな雰囲気を感じる。


「ディル、女神の声は聞いたか?」

「え? あぁ……」


『その願い、聞き届けましょう』


 あれは幻聴ではなかったのか。あのとき俺は、力を貸してください、と願ったと思う。

 その話をしたところ、ガネシャさんはどこか腑に落ちた感じであった。


「ふむ、恐らくそれは女神だ。まだ姿を見ていないと言うことは……女神自身のまだ力が足りてないのかもしれない」

「姿って……」


 俺は具体的にそういうものをイメージはしていない。ただ、何か縋る対象として創り出しただけだ。

 幼くして亡くなった妹に何もできなかった自分をただ恨みながら。


「そのあたりはディルのイメージがどうこうではない。女神はただその力に見合った姿になる、と聞くからな」

「なるほど……」


 よくわからないけど、そういうことらしい。


「恐らく、女神に賜りし自由リーベル・サン・リーシアの強度が跳ね上がっていたのも加護の一つだと思う」

「あなた、女神様って今回の場合だとディル君だけの信仰で生まれるなんてあり得るの?」


 俺も気になった。女神の根源は『信仰』、つまり信じられることだ。

 ただ懺悔をするため、縋るためだけに俺が創り出したものがまさか本当に女神となるなんて想像もできない。


「あり得るとしたら、仮定の話だが……女神に賜りし自由リーベル・サン・リーシアを重要な局面で展開したことは?」

「何度かあります」

「それによって明確にその結界への周囲の信頼度は上がるだろう。局面を打破したりしたなら尚更な。つまりその魔法の重要性が信じられることが『女神リーシア』を信じられることに繋がっている、ということだ」


 何となくガネシャさんの言っていることをまとめると、信仰は事実上王国騎士団で生まれたことになる。そんなこと起こり得るのだろうか。


「あくまで仮定だがな。信仰、つまり信じることの重みは数だけではなく、どれだけ一人ひとりが深くそれを信じるかということも要素としては大きい」

「ああ、なるほどですね。その可能性は自惚れかもしれませんがあり得るかもしれません」

「自惚れではないぞ。事実、加護を受けているのだから」


 まさか俺が女神の加護を受けていたとは想像もできなかった。


「断言できずに申し訳ないが、今はその仮説が濃厚だと思っている。どこかで女神が姿を見せるかもしれない。そのときはまた知らせてくれ」

「はい。ありがとうございます」


 確実な結論はここでは出ないため、俺はガネシャさんのもとをあとにした。

 少し考えたいな。整理しないと頭の中がもわもわして楽しいことも楽しめやしないだろう。






「……あなた、そういう大切なことを何で言わなかったの?」

「忘れていた……」


 女神の件より婿の件のほうが彼にとっては重要だったらしい。


「加護持ちは貴重よ。魔族だろうが人族だろうが。できるなら囲いたいわね」

「だからサリシャの婿にと……」

「あなたね、それは少しいきすぎ。でも、その方向で考えるのもアリかもしれないわね。うまく何かできることはないかしら……」


 ディルの知らないところでサリエンテまでがガネシャの暴走に乗りかかっていた。




◇◆◇◆




「女神、かぁ」


『ええ、そうです』


「リーシア」


『はい、私でございます』


「……え、ちょっ」


 これは幻覚? 目の前には長い黒髪の美しい女性が、長刀を携えて立っていた。


『まだ、不完全で申し訳ありません』


「会話ができている、のか?」


『はい。これまでは貴方様の声だけが私に届いていましたが、今はこうして会話をすることができます。触れることは叶いませんが』


 そういって彼女は俺の手に触れようとするが、すり抜けた。


『すみません。力不足のため、もう限界のようです。あと少しで、あと少しで……貴方様の元に……』


「あっ」


 消えてしまった。夢を見ているわけではないよな。これは現実だよね。

 あとでガネシャさんに相談してみよう。とても忙しい人なので今日のものにはならないだろうけど。


「この世のものとは思えないくらい綺麗だったな……」


 見入ってしまうほどには美しかった。さて、自分の中で自分なりに整理するとしようか。一気に予想外が押し寄せてきてパンクしてしまいそうだ。

 午前中に予定していた近衛兵の訓練は休ませてもらった。体調不良を心配されたが、元気ではあるので説明に少し困ったよ。

 女神について考えているなんて言えるわけがないからな。


「午後はみんなとの時間にしたいから……午前中でなんとか整理したいな」


 答えはいらない。そもそもわからないから。ただ整理するだけでいい。

 俺はまず女神の加護を受けている。そして、その女神は主柱ではなく、イレギュラー。根源は女神に賜りし自由リーベル・サン・リーシアか。

 そして、信仰は王国騎士団が主で、あとは俺か。何かと信じてはいたからね。

 最後に声と姿も美しいということ。あの長刀も異様な雰囲気を醸し出していたが、どこか人を惹きつける美しさがあった。


「本当に、女神がいるなら……レスティアを……救ってやって欲しかった……そのときにはまだ生まれてもいなかったんだろうけどな」


『ああ……レスティア様は――』


「ま、考えても仕方ないか。少し眠ろう。午後からは動くぞ〜」


 何となく最低限考えがまとまったので、思考を止めて一旦眠りにつくことにした。

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