第8話「手合わせ再び」
俺はガネシャさんに呼び出されていた。またサリーのことだろうか。
「ディル、もう一度手合わせをしないか?」
「前も思ったんですけど、俺に勝ち目ってありませんよね?」
あのパンチは反則だと思う。
「君の
ちゃんとルールを決めてきたか。死ぬ気で一撃耐えれば勝ちって……。それ以外は無理なんですけどね。
「なるほど……それなら。いつやります?」
「無論、今から始めるぞ」
展開が早すぎる。ガネシャさんの転移により、城内のどこか闘技場のような場所へ転移した。広すぎて驚いたよ。
「ここであれば二人きり。ここであれば真剣の勝負ができる。まずは結界を展開しておけ。私も魔力集中をする」
「は、はあ……
女神リーシアよ……力を貸してください。俺だけの女神。ここ数年の懺悔を聞いていただいていた、“存在しない”女神様。
ここで負けるのはなんだか悔しすぎる。とにかく今回は勝ちたい。
『その願い、聞き届けましょう』
「は、い?」
「どうした?」
「いえ、なんでもありません」
「……なら良い」
幻聴か。ちょっと驚いたよ。俺は魔力をいつも以上に注ぎ込んで結界を展開した。今回は破壊するかされるかの勝負のため反撃の魔力弾は軽めだ。
強度に全振りする。とにかく耐えることだ。
「準備はいいか?」
「はい」
「では――ゆくぞ」
「くっ……」
一度に強大な魔力がガネシャさんの拳に集中している感覚がする。恐ろしい。正面からまともにくらうのは怖いんですよ、俺。
しかし、もう逃げられない。意を決して自分が死なないことを祈る。
「
刹那、ガネシャさんの姿が消えた。瞬きをした直後、俺の目の前で拳を引いている。
動きが速すぎるのか、もう転移を使っているのかわからないほどに。
「オラァァアアアアアアアアア!!!」
ガキン、と鈍い音が響く。だが、結界はまだ生きている。すぐに大した意味のない魔力弾の自動反撃が行われる。
「オラァァアアアア!!!!!」
バギィ、と気持ちの良くない音。だが、耐えた。ヒビは見えているが、まだ破壊はされていない。
「……私の負けだな」
「あ、あぁ……実感があまりないです」
ガネシャさんの左拳の指が何本か骨折したようだ。指がプランプランしている。見せつけないで欲しい。
「一ついいか?」
「はい」
「なぜ、女神の加護を受けている?」
「え? さすがにそれはないかと……記憶にもありませんし」
「……そうか。では、何か思い当たる節はあるか?」
何を言い出すかと思えば、女神の加護? 俺は主柱の女神を信仰していないし、信仰していても加護を受け取れるような器ではない。そもそも加護は司教が受けるものなんじゃないか。
ただ思い当たる節……恥ずかしい話になるが、女神リーシア。俺が勝手に創り出した“存在しない”女神。これくらいしかない。
「恥ずかしい話なのですが、俺は六年前に妹を亡くしました。そのとき、自分の無力感に耐えられず、自分の中で懺悔を聞いてくれる女神を勝手に想像して、懺悔を続けていたということはあります。今も定期的に続けていますね……」
「なるほど……少し考えを整理させてくれ。ただな、ディルは間違いなく加護を受けている。その
たしかに前回よりは明らかに耐えられている実感があった。
これは正直、鍛練だけでどうこうなる領域ではない気がするのも事実だ。
「いきなり混乱しますよ……でも、わかりました。また色々と教えてください」
「ああ。私は未来の義父だぞ。任せておけ」
「はぁ!?」
また意味のわからないことを口にしているガネシャさん。俺の混乱がまた幻聴を聞かせているのか。
「言ってなかったか? これはサリシャの争奪戦でもあったんだぞ。ディルの勝利は娘の婿となる権利だったな」
「いやいや! 何も言ってないじゃないですか」
やばい。いつからサリーの争奪戦が始まってたんだよ。
それに婿になる権利って……。この人は壊れてしまったのか。
「まあまあ、私たちは未来の親子だ。細かいことは気にするな」
「ちょっと……話が飛びすぎてますよ……」
「む……そうか? 考えておいてくれ。サリエンテには私から話しておこう」
考えるも何も俺はサリーを巣立つまで育てる保護者のようなものだからね。
「ああー……はい」
絶対にこれはサリエンテさんに怒られると思う。サリーの婿だって? さすがに勘弁してくれ。
何よりサリーが困ってしまいそうだ。そういうのは自由に恋愛をして、心に決めた相手とそうなるべきと思う。
「とりあえず戻ろうか」
こうして、よくわからない
さて、まだ午後は時間がある。ギャランとテオを連れて武器屋と服飾屋にでも行ってみるか。
「ギャラン、テオいるか?」
二人はいなかった。というかみんないなかった。俺がガネシャさんに呼び出されたから、レスターさんが気を遣って子どもたちを連れて街に出かけたらしい。本当に優しい人だ。
「少し休むか」
これまで気が休まる感じはなかったから、この機会にたっぷりと横になろう。あわよくば良い夢が見れますように。
『ディル、貴方様へ身を捧げるまであと僅か』
『お待ちください。必ず、必ず貴方様の元へ伺います』
『女神リーシアの加護は貴方様だけに』
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