第3話「誤解」
「近づくな! お前なんてしらんのじゃー!」
明らかにガネシャさんは狼狽えていた。そしてフリーズした。
「サリシャ、お父さんだよ? 知らないってことは……」
「ディルよ、助けて欲しいのじゃ」
本気で嫌がっているな。ちょっと部屋に帰してあげたい。
「あ、ああ。サリー、一回部屋に戻ろうか……」
「ぬぁぁ……私の娘ぇぇぇ……」
ガネシャさんが何やら言っているが無視。普通にサリーが嫌がっている。
この表情は苦手な虫を見つけたときと同じ顔だ。
「ディル君、すまないが、よろしくね」
「はい」
レスターさんから背中を押され、俺はそそくさと執務室をあとにする。
「サリー、大丈夫かい?」
「あれの顔は見たくないのじゃ……」
ここでガネシャさんのフォローをしても逆効果になりそうだな。黙ってサリーを撫でるだけにした。
「じゃあサリー。俺は一回戻るね。驚かせてしまってごめんな」
「ん……大丈夫じゃ。我にはディルがいるからの……」
ぎゅっと抱きついてくる。ガネシャさん、俺がこの子の父になりたいですよ。
「それならよかった。またあとで抱っこしてあげるからね」
「! わかったのじゃー」
パッと顔が明るくなる。抱っこってそんなパワーを秘めているのだろうか。何にせよ、まずは戻らないと。
「ぐぅぅ……私はどうすれば……」
「少しずつ誤解を解くしかないかもしれないですね」
ガネシャさんはレスターさんに慰められていた。こっちもまた本気の本気でへこんでいるようだ。顔色がとても悪い。
「ガネシャさん、レスターさんの言う通り誤解は少しずつ解かないと、今は厳しそうです……言いにくのですが、サリーはさっき虫を見つけたときと同じ顔をしていました」
「む、虫……私は虫か。ははは……」
もっと顔色が悪くなった。ここまで表情にポンポン出るのも人柄なのだろう。とても悪い人には思えない。
「ガネシャさん、ディル君も詳しい話は知らないから、もう一度説明してもらってもいいですか?」
「……わかった。これはサリシャを未来の魔王候補としての――」
あぁ。先ほど簡単に聞いたとおりだ。やりたいことは理解できるが、やり方があまりにも雑すぎる。
これじゃ奥さんのサリエンテさんがブチ切れてもおかしくない。今日も怒られて様子を見にきたようだった。
先ほどのサリーもガネシャさんを父親だと認識した上で、行き過ぎた反抗期のように拒絶していた。ただまあ、誤解を解くことには協力したい。
いずれサリーには帰る場所があるのだ。それを今こんなことで潰すわけにはいかない。気付いたのなら誤解はすぐに訂正するべきなのだ。
「ガネシャさん、誤解の解消については俺も協力はしますよ」
「ディル……お前はいい奴だな。本当にありがとう」
頭を下げられる。ガネシャさんというよりはサリーのためなんどけどさ。
「そんなお礼を言われるほどでは……サリーもあらぬ誤解をしたままじゃダメですからね……」
今日も少々とっかかりが強引というか、そんな印象を受けたが、話を聞いてると父親としての愛情は本物のようだ。
「私にできることか……例えばこの孤児院のみんなを魔族領に招待するのはどうだろうか。サリエンテにも相談してみるが」
「魔族領……俺も行ってみたいかもです」
「ははは、ディル君の行きたいところに挙がっていたものね」
もしその場合は孤児院のみんなを招待してもらえる。この提案は嬉しい限りだ。そこでまたサリーの誤解を解くのに協力できればと思う。
「そうか、なら私は戻って妻に相談しようと思う。私の名前で招待するよりも妻の友人として招待するかもしれないが、それでもいいか?」
「私たちは気にしませんよ。よろしくお願いします」
レスターさんも乗り気のようだ。魔族領はまた食事などこちらとは違った文化がある。
今までは行く機会もなく、『いつか行きたいな』と思っていたところだった。
「そうと決まれば急いで戻ろう。ディル、また機会があれば手合わせ願うよ。では、失礼する」
「は、はい……」
できればあのパンチはもう勘弁願いたいな。ただ、あれを耐えられるほどの結界になればすごく頼もしくなるのだろうか。
そう思うと頑張ろうと思える。今日もまたしっかり鍛練しよう。
「ディル君、サリシャをお願いしていいかい?」
「わかりました」
ガネシャさんが帰ったあと、俺はまたサリーの元へ向かった。
「サリシャ、終わったよ。おいで」
「ありがとなのじゃ! 抱っこー!」
「はいはい」
ここぞとばかりに甘えているように見えなくもないが、可愛いので良しとしよう。さて、あとはどうやって誤解を解くか、か。
「サリー、お母さんのお話とか聞かせてもらえる?」
「母上の? いいぞ!」
サリーの母、サリエンテさんの話は嬉々としてするようだ。これは俺ももちろん頑張るけど、サリエンテさんも巻き込んだ方がきちんと誤解が解ける気がする。
方針としてはそうしようか。
「母上はとても強いのじゃ! あんなやつよりも、とてもとてもな!」
ああ、ガネシャさんは意外と奥さんに頭が上がらないタイプだったのか。それよりサリーがガネシャさんを『あいつ』呼びしているのが気になるな。
今はそっとしておくが、そのうちちゃんと『父上』と呼んでもらうからね。家族は唯一無二で大切だ。愛されているなら尚更そうだろう。
だから、今回の件は積極的にガネシャさんに協力したいと思う。もし、結果としてサリーが家に帰ることになっても文句は言えない。
この期に及んでサリーを成人までよろしくお願いします、とはならない気がするから。
「ディルよ、聞いてるのか?」
「ごめんごめん、聞いてるよ」
「なら、我を撫でるのじゃ!」
「はいはい」
俺の首にぎゅーと抱きついてくるサリーを撫でてやる。甘えてるのも不安の裏返しなのかもしれないから、できる限り俺は優しくすることにした。
「……サリシャ。おにいちゃんにあまえすぎ……ぎりり」
リリがすでに起きていて、俺を見ていることには気付かなかった。
「サリエンテ」
「どうだったの?」
「嫌われていた」
サリエンテはふっ、と鼻を鳴らす。
「そうでしょうね。父上〜、なんて来る方がおかしいと思うわ」
「ああ。虫と同じ扱いだった」
サリエンテは吹き出した。もはや魔王の威厳も何もない、ただ娘に嫌われて悲しんでいる父の悲壮感が彼女のツボにハマった。
「それでだな、提案があって――」
結論から言うと、サリエンテは快諾した。一度挨拶をしたきりで、気になっていたし、サリシャが懐いているディルにも興味があった。
「わかりしました。招待状は私が自分で送ります、それでいいかしら?」
「ああ、助かるよ。任せた」
こうして孤児院一行は魔族領へ招待を受けることが確定した。
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