第2話「手合わせと邂逅」

「ガネシャさん、お久しぶりです」

「レスターさん、お世話になっている」


 わあ、本当に既知の仲じゃないか。疑って申し訳ありませんでした、とは言わない。

 さすがに初動が怪しすぎたから。


「おっと、自己紹介が遅れたな。私は魔王ガネシャと申す」

「ディルといいます……よろしくお願いします」

「こちらこそ……娘がお世話になっている」


 俺に話かけてくるときガネシャさんの目があまり笑っていないんだけど、大丈夫なのだろうか。

 第一印象がそんなに悪いのだろうか。へこみそう。


「それで、初対面で不躾なのだが、手合わせでもしてみないか?」

「え?」


 戦闘狂かよ。魔族は手合わせ好きが多いのは知っているけども。


「この結界は君が展開したものだろう? 興味が湧いてね」

「俺は結界魔法くらいしか取り柄がないですから……」

「なるほど、では」


 手合わせってまたいきなりすぎる。それに、この人の場合は『格』が違うことがひしひしと伝わってくるので、できることなら手合わせは避けたい。

 それこそ一方的にやられるだけになると思う。


「ディルの結界を破れるかどうか、私に試させてくれ」


 提案された内容は普段ミリアやセラフィにやっていたことと同じことだった。

 それならまだ許容できるかな。さすがに、結界が耐えられるとは思えないけど。


「本気できてくれて構わない」

「わかりました。では……場所をちょっと移しましょう」


 このあたりだと孤児院の子たちが起きてしまうかもしれない。レスターさんは孤児院にへ戻ってくれるようだから、ガネシャさんと俺は場所を移すことにした。


「このあたりでなら大丈夫かと」

「そうか。では、結界の展開を頼むぞ」


 ちょっと、緊張してきた。まずは……


女神に賜りし自由リーベル・サン・リーシア

「ほう、これが……」


 さらに創造魔法で攻めることにした。魔力欠乏まではまだ大丈夫だ。本気で結界を展開する。


殺戮の防御結界ディーオル・ラグドラン


 前者は自分に、後者はガネシャさんに展開する。

 殺戮の防御結界ディーオル・ラグドランは結界の内外からの攻撃に反撃する自動反撃と拘束魔法を組み合わせたようなものである。

 半端なことはせず、殺戮の防御結界ディーオル・ラグドランの魔力弾は殺傷能力を俺にできる最大限に調整してある。

 ガネシャさんはまずこの程度では怪我すらしないという確信に近いものがあったからだ。


「ほうほう。これは……」


 ガネシャさんは何かを考えているようだ。何を考えているかなんてわからないが、余裕があるように感じる。


魔王の覇拳パンチ

「え? は?」


 パンチ?


「なかなか硬いが、まあ、私にかかればこんなものよ。行くぞ。身体強化ァ! 魔王の覇拳パンチ


 一撃で殺戮の防御結界ディーオル・ラグドランが破られるのは想定外だ。いくらなんでも想像できないって。パンチってなんだよ。

 そのままガネシャさんは身体強化でさらに加速し、俺に向かってくる。もちろん目で追えないし、気付けば目の前に魔王の覇拳パンチが飛んできていた。


「ほほう!? やはりか」


 やはりなんでしょうか。ただ、一撃は防いだ。若干ヒビが見えたから次はないだろう。

 これが実践なら俺はこの時点で死が確定している。俺の負けだ。


「本当に面白いな。まさか一撃を耐えるとは思わなかった。私はこれで降参だ」

「いや……俺の負けかと」

「じゃあそうしよう。では……私の勝ちだなぁ!?」


 煽ってくるのはやめてください。俺はガネシャさんの恨みを買うようなことをしてしまったのだろうか。


「それでは、サリシャを返してもらうとしよう」

「ええ?」


 何がそれでは、だよ。返すも何も、なにか訳アリで預かってた感じなのだろうか。レスターさんはこのことを知っていたと思う。じゃあサリーはどうなんだ?


「俺はそのあたりの話がわからないので、今ここでは何も言えません。レスターさんのところに戻りましょう」

「知らなかったのか。すまない、わかった」


 ガネシャさんと俺はレスターさんの元へ戻った。そこで聞いたのはガネシャさんがサリーに将来の魔王として見地を広めて欲しいからこちらにあの子を送ったということ。

 そして、たまたまレスターさんがサリーと出会ったので、当分の間この子を預かってもらうようお願いしたということ。

 気になったのは、サリー自身が『見地を広める』ために急に見知らぬ土地に転移させられたことを知らないことだ。あの子からしたら急に親に捨てられたような感じがしてもおかしくないだろう。


「……ガネシャさん、サリーにこれから会いますか?」


 なんでまた急にサリシャを連れ戻すなんて言い出したかはわからない。レスターさんが聞いてもガネシャさんははぐらかすばかりだ。

 魔王であるのにその威厳が損なわれるくらいモゴモゴしていた。ちょっと面白いくらいに。

 俺はまずサリーに会うことを提案した。ここまできたら、サリーの気持ちも考えやって欲しい。


「そうするつもりだ」


 このときの俺は、ガネシャさんが急にサリーを連れ戻すなんて言い出した理由がしょうもないものだとは知らなかった。






「あの人……サリシャの様子を見るだけなのに随分と戻ってきませんね」


 同刻、サリエンテはガネシャを気にかけていた。何か問題があったか、というよりはしょうもないことしているのではという不安感からだ。


「余計なことをしていなければいいのだけど」


 この願いは虚しくも叶わない。すでに余計なことをしてしまったからだ。






「サリー、起きているかい?」

「ん、ディルよ、どーしたのじゃ?」


 なんて伝えればいいかわからない。とりあえず来てもらおう。


「ちょっと一緒に来れるかな」

「んん、わかった〜」


 寝てなくて起きていてよかった。こんなことでサリーを起こすのは気が引けたから。

 正直、俺としてはあまり会わせたくないが、サリーが何も知らないというのも気になる。

 最悪、こういうことは親子関係にヒビが入ると思うんだよね。そんなことはいくらなんでも望むところではない。


「手、ほら」

「ふぁい」


 少し眠いのだろう。しきりにあくびをしている。そんなサリーも可愛い。


「さ、入ろうか」


 会ったほうがいいと思うが、本当に今なのだろうか、と葛藤している自分がいるのもわかっている。

 だな、ここでなあなあにするのは好ましくない。俺はレスターさんの執務室のドアを開いた。


「サリシャ!」

「ひゃ!? ディル、我を抱っこするのじゃ、怖い!」

「ん? わ、わかった」


 サリーの反応は好ましくない気がするよ。とりあえずすぐ抱っこをしたけど、ガネシャさんな表情がまあ、絶望に満ちたものになった。


『ちちうえ! 久しぶりなのじゃ〜!』


 とかなると思っていたのだろうか。でも、ここまでサリーがビビるのは予想外だった。震えているわけじゃないからまだ、まだギリギリセーフだけど。


「……サ、リシャ」

「近づくな! お前なんてしらんのじゃー!」

「がーーーーーーーーーーん」


 あ、ガネシャさんがフリーズした。


「私はこうなる気がしていたのだけどね……」


 レスターさんは苦笑いをしながらため息をついていた。

 俺もサリーが自分の父を知らない人扱いをするとは思いもしなかった。

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