魔族領訪問編

第1話「王の来訪」

「ねえ、あなた」

「なんだ?」

「サリシャの様子、見てきない」

「……はい」


 魔王ガネシャは妃のサリエンテにドスの効いた声で、娘であるサリシャの様子を見に行くよう命令された。

 もちろん、この二人の夫婦仲は良好で、魔王としてのガネシャにサリエンテは決して口を出すことはなく、慎ましやかな女性として周囲からは認識されている。

 なので、これはあくまでこれはサリシャの父と母という立場での会話だ。母としてのサリエンテはとても怖い。






 魔龍討伐、スタンピードと忙しない日々だったが、今はもう孤児院に戻ってきて日常を謳歌している。

 ギルド依頼は少しお休みだ。子どもたちが許してくれなくて。体も休めたいからちょうど良かった。


「ディルよ」

「どうしたの?」


 サリーがなにやらもじもじしている。可愛らしい。


「たまには、我も抱っこしてほしい」

「ああ、いいよ。ほら」

「ん……ありがとなのじゃ」


 いつもはおんぶを所望するサリーが抱っこをねだってくるとは珍しいこともあるものだ。俺は快く抱き上げる。どこにも断る理由はない。

 まだ昼前なのでサリーを抱っこしたまま孤児院の周辺を少し歩くことにした。結界の確認も兼ねてね。


「ディルよ、我はこわい夢を見たのじゃ」

「大丈夫かい?」

「変な人に連れ去られそうになったのじゃあ」


 ぎゅーっと抱きつく力が強くなる。


「怖かったね。ここではレスターさんと俺が守るから大丈夫だよ」

「うん!」


 ああ、怖い夢を見たからいつもより甘えてくるのか。

 サリーが飽きるまでは抱っこをしていようかな。






「なんだ、あの小僧は」


 魔王ガネシャは遠目に孤児院を観察しており、ディルに抱かれているサリシャを見て胃がキリリとした。


「俺の娘だぞ……」


 彼は普段の一人称が『私』と穏やかな感じであるが、家族といる時や怒りなどで昂ると『俺』と言うようになる。

 沸点の高い彼を一瞬で沸騰させたディルはなかなかに大物かもしれない。


「サリシャ……あんな笑顔、俺にも見せたこと……ない。くそぉ……」


 彼は涙を流した。魔王としては冷徹の男なんて呼ばれることもあるこの男が、泣いていた。


「サリエンテに相談だ……これはサリシャの見地を広めているどころではない」


 今すぐディルの前に姿を現したい気持ちを抑え、転移魔法で帰還した。案件はサリシャを連れ戻すことだ。

 このままあの男といては本当に娘が絆されてしまう、という危惧と父としての嫉妬から。






「あれ、いなくなった……?」

「どうしたのじゃ?」

「ううん、なんでもないよ」


 敵意というかそういうものではないが、感知魔法の使えない俺でも『感じてしまう』ほどの魔力がこの付近で発生していた気がするのだが。

 いつの間にか何も感じなくなっていた。なんだ、あれは。少し結界の強度を高めておこう。レスターさんへ相談もしておいたほうがいいな。

 魔龍にスタンピードに、ここにきて謎の魔力反応? 勘弁して欲しい。もう少しこの子たちと穏やかな時間を過ごさせてくれよ。






「連れ戻す? どの口が言っているのですか?」

「いや、だって、若い男に抱っこされていて……」

「孤児院で働いている人でしょう? みっともない嫉妬ですか? はぁ、馬鹿みたい」

「だって……」

「だってだってうるさいです! そんなに気になるならちゃんと挨拶してきなさいよ! この際、私が行きますか?」

「いえ、自分で行ってきます……」

「あー、本当に面倒な男!!!」

「ごめんなさい……」


 妻に頭が上がらない夫のそれである。こうしてガネシャは渋々再び孤児院へ赴くこととなった。

 あくまで挨拶。レスターにもお礼をしたいに、あの若い男の人となりも見極めなければならない。


「いってきます……」

「何をくよくよしてるんです? さっさと行って」


 かなりイラついているサリエンテに詰められ、ガネシャは転移魔法を発動した。






「!?」


 まただ。今はみんな昼寝をしているから、見回ってくるか。レスターさんには結界を念のためさらに強度を上げたと説明した。

 なんとなく、レスターさんは気にすることないよって雰囲気だったけど、本当に大丈夫なのだろうか。


「自動反撃」


 奇襲は怖いからね。念には念を。さて、行くか。正直これほどの魔力は恐怖すら感じるほどだが、俺はここを守らなければならない。意を決して足を進めた。


「どうも、こんにちは」

「!? は!?」


 後ろを取られた。というか何が起きた?


「敵意はない。挨拶に来ただけだ」

「……どちら様で?」


 魔族か。目的はなんだ。サリーなのか? それにしても、敵対して目の前の男に勝てるビジョンが浮かばない。冷や汗が頬を伝わる感覚が気持ち悪い。


「私は……魔王ガネシャと申す。レスターさんとは既知の仲だ。娘が……世話になっていてな」

「娘……え?」


 まさか、サリーのことなのか。ああ、たしかにサリーのことは少しぼかして教えられた気がする。

 しかし、魔王の子だったって? どうしてまた孤児院にいるのだろうか。


「すみません。念のためレスターさんを呼んできてもよろしいですか?」

「疑わしいのはわかっている。待っているからよろしく頼む」

「はい……」


 敵意がないとわかったらここまで安堵するものなのか。魔龍を見たときよりも心臓が掴まれるような感覚に陥った。

 そんなことより、レスターさんだ。俺は駆け足で孤児院に戻った。






「警戒心が高いな。良いことだ」


 ガネシャは意外にもディルを評価していた。娘を預けている以上、良いことは良いと判断できる程度には冷静だ。


「しかし……」


 彼は眉間にシワを寄せて考える。


「女神の加護付きか。しかも“主柱”の女神ではない。どういうことだ?」


 ガネシャはまさに自分の理解を超えた意味不明の現象が起きていることに戸惑っていた。

 女神は二十存在するとされており、彼女たちはその信仰を力の根源とする。そうして女神である彼女たちは“主柱”と呼ばれているのだ。

 同時にこれは“主柱”ではない女神は存在し得ないことを示しており、この常識を狂わせた存在が目の前にいたことに驚き戸惑った。


「常識に囚われていては魔王なんて務まらんしな。帰ったらサリエンテに聞いてみるとするか」


 今はあまり考えないと決めた魔王であった。ちなみに、サリエンテはとても博識であり、ガネシャの知識の多くもサリエンテに叩き込まれたものであったりする。


「それよりも、この結界も面白いな。簡単に破壊できなさそうだ……おっと、いかんいかん」


 基本的にガネシャは戦闘狂だ。それは魔王という地位自体が圧倒的な実力主義の上に成り立っているから。

 そんな彼はディルの結界に興味を持ってしまった。






「レスターさん!」

「ディル君……ガネシャさんが来たのかい?」

「知っていたのですか?」

「この魔力は彼のものだからね。よし、私も行くよ」

「ありがとうございます」


 本当にレスターさんと知り合いだったのか。それなら安心だ。あの存在と戦うというのは想像もしたくなかった。


 安堵の息を漏らし、俺はレスターさんの後ろを歩いて魔王の元へ戻った。






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 本話から新しいお話になります。

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