幕間「理想の騎士様」

 ミィはハーフエルフである。今の世ではハーフが差別をされるようなことはなく、ミィが孤児院にいるのは両親の問題であった。

 悠久の時を過ごすとされるエルフは己の子であっても関心が薄い。そのような中で母に捨てられ、最後は父にまで見捨てられてしまった結果であったのだ。


「いんちょー、もういっかい」

「わかったよ」


 ミィはとても騎士物語が好きであった。窮地に陥った姫を救う騎士、世界を守るためドラゴンと戦う騎士、どんな騎士も彼女は好きなのだ。

 大切なものを一心に守り抜く騎士たちの物語は、ミィの心に深く刺さっていた。


「ミィにも、いつか」


 自分にもいつか、自分の騎士が現れる。この子は純粋にそう信じて生きてきた。記憶にある、自分を捨てた者たちのようではなく、自分を大切にしてくれる騎士のような存在が自分の前に現れると。

 余談だがレスターはミィの騎士にはなれなかった。というのも、普通におじいちゃんのように慕っているからだ。それに騎士というには少し歳をとりすぎたのかもしれない。


 そんな日々の中、運命の日が訪れる。その日、ミィはリリやサリシャとかくれんぼをして遊んでいた。

 そしてあろうことか、孤児院からだいぶ離れたところに来てしまったのだ。こればかりはまさに『どうしてこうなった』と言うべきかもしれない。


「あー……かえれない」


 一人で孤児院の周りから離れることはない。その理由は単純明快で危険だからだ。魔物がいないとも限らないし、誘拐目的の賊がいる可能性もあるのだ。


「どうしよ、つかれちゃったの」


 しかし、ミィはそのマイペースな性格から焦るよりも疲れたからどうしようかな、という思考をしていた。


「このあたりなら、ねちゃえるのー」


 そして、本当に寝てしまったのだ。側から見たら子どもが倒れているように見えるし、とんでもない状況である。






「珍しい……エルフか。大丈夫かい?」


 これがミィにとっては運命の出会いだった。まだビビッとは来ていないが、騎士のような服を着ており、かっこいい。

 ただ、本気の寝起きであるため、ちょっとだらしない反応になってしまった。


「んー……んにゅ。んとね、帰れなくなったのー。それで疲れたから寝てたの」


 この人はレスター孤児院まで送ってくれるらしい。ミィは差し出された手を迷わず握った。もし、これが外面の良い誘拐犯だったと思うと背筋が凍りそうになる。

 ただ、エルフは長く生きることになるため、自身の生存に関わるような危機察知能力が本能的に備わっている。これはハーフエルフであってもだ。

 なので、実際はミィが変なところで寝ていたのも、迷うことなくディルの手をとったのも『安全』と判断した故である。


 ディルとの会話は少なかった。それでもミィはどこか居心地の良さを感じていて、背におぶってもらった時はその安心感から寝てしまったほどだ。

 その後、彼は孤児院で働くことになった。一緒に過ごすことができるということで、とても嬉しかったが、なかなかディルを独占することはできない。

 それでも、近くに彼がいて安心できるし、ミィはあまりグイグイいくようなことはしなかった。


 そして、ディル自身の話を聞く機会があった。やはり、彼は本当に騎士で、同時に自分にとっての騎士様だとミィには電撃が走った。


「えと、ミィのこと、およめさんにしてくれる?」


 そんなことを口にしてしまっていた。ただ、それはリリの介入によって有耶無耶にされてしまったが。


「ディルおにーちゃんは、ミィの騎士様なのに……」


 ちょっぴり悔しそうな呟きは誰の耳にも届かなかった。


「でも、ミィにはこれがある」


 部屋に戻ってミィが何かに包まったが、それはディルのローブ。王国騎士団時代のローブで、頼んだらすんなりとくれたのだ。

 彼の匂いと騎士様に抱かれているような感覚。お昼寝のときも、夜に寝るときも、ミィはローブに包まっていた。


「ディルにーちゃん、ミィの騎士様」


 こうしてミィの穏やか時間が流れていく。

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