第9話「緊急依頼」

 武器屋から戻った時、ちょうどギルドの使いの人とばったり会った。


「ディルさん! お忙しいところごめんなさい……魔龍討伐後でお疲れのところとは思いますが、お話だけでもお聞き願えませんか!?」


 あ、これはかなり切羽詰まっているな。


「わかりました。ここだと立ち話になるので、中にどうぞ」

「すみません」


 ギャランへの剣とリリへの指輪と短剣のプレゼントはまたあとでになりそうだな。

 俺の使用している部屋に荷物を置いてすぐに戻り、ギルドの人から話を聞く。


「緊急依頼という話は噂で聞いたのですが……」

「はい。西の森で突如ダンジョンが発生し、それがスタンピードの危険性が高いと報告がありまして」


 ダンジョンにスタンピードか。もう避けられない問題な気がしてきた。


「はぁ!? かなりやばいですよね。王国騎士団には?」

「すでに伝達済みです。ライオネットさんは頭を抱えていらしたようで……」


 それは頭を抱えるだろう。魔龍討伐を終えて落ち着いた直後にまた大問題だ。ダンジョンからのスタンピード。下手をすれば王都にも被害が出る。

 ただ規模が大きくなければ俺の拘束魔法を広域展開して一方的に魔物を狩ることも可能ではある。大規模スタンピードとなると話は変わってくるが。


「規模の推定はできているのですか?」

「現時点では最低五百程度かと」


 そこまでの大規模スタンピードではないかもしれないな。


「種類は」

「オークが中心ですね」


 スタンピード――別名『ダンジョンの深呼吸』と呼ばれるこの現象は、人が大きく息を吐くようにダンジョンが大量の魔物を外に放つ。

 なぜそのようなことが起こるのか、という点は全く明らかになっていない。自然の神秘というものだろうか。活発に研究されているみたいではあるけど。

 今回は突然発生したダンジョンということで、ダンジョンも若いため、そこまで大規模ではないのだろう。

 ただこの規模でも周辺に村などがあれば壊滅することもある。事実、規模は違えどスタンピードによって消滅した村は過去に多数存在する。


「五百くらいなら、イレギュラーさえなければ俺が大半は足止めできます。トドメはみなさんにお任せになりますが」


 魔龍討伐では使用しなかった俺のもう一つの創造魔法である殺戮の防御結界ディーオル・ラグドランを広域展開して、一気に殲滅できないかと思ったが、絶対的に魔力が足りなくて倒れる未来しか想像できないので却下。

 この創造魔法は相手を結界内に閉じ込め、魔力弾の雨を降らせる。さらに外部から結界を破壊しようとする動きに対しては自動反撃によって迎撃するものだ。

 そもそもこの創造魔法は広域展開する前提がないし、考えなかったことにしよう。自殺行為でしかない。


「なるほど……ライオネットさんも同じことをお話しされていたようでして」


 俺の知らぬところですでに、巻き込まれていたようでした。となると、王国騎士団が動く以上、俺にも流れで動員依頼がされることになるのか。


「大丈夫ですよ。協力は惜しみませんので、続報があれば連絡をお願いします」

「助かります。では、私はこれにて失礼いたします」

「よろしくお願いします」


 数時間後、ギルドではなく王国騎士団から再び動員依頼がかかった。もちろん受諾以外の選択肢はない。

 推定の規模程度なら確実に抑え込めるだろう。そのくらいの自信はある。

 今回のようなパターンで厄介なのは、あくまでまだ調査報告による危険度が特大の状態で止まっていることだ。

 つまり、まだスタンピードは発生していないし、どのタイミングで発生するかもわからない。現状だとダンジョン付近にオークが異常に湧いている、くらいかなと思う。


「数日の張り付きは覚悟しないとならないかもな」


 そして、ここでこちらのとる作戦はまず待つこと。果たして作戦と言えるものかは微妙であるが、完璧なスタンピードのタイミングがわからない以上、待つことしかできないのだ。

 同時に、スタンピードの危険が確認されたダンジョンは完全に出入り禁止となる。最悪のタイミングでダンジョン内に取り残された人がいるといった事件は今のところは聞いたことがない。ただ、そういったことも起こり得るのだろうな。


 王国騎士団の動員依頼を受けて、俺はすぐにレスターさんへ話だけ通しておいた。再び動員されます、と。あまり見ることのない苦い顔を見ることができて面白かった。

 ちなみに、レスターさんは少し休暇をもらって俺たちと一緒にいる。やっぱりいるのといないのでは安心感が違う。


「ディル君は本当に頼りにされているんだね」

「そんな大層なことではないですよ。たまたま噛み合っているだけで」


 俺の魔法は相手を捕縛して押さえ付けたりもできるから、場面によってはかなり有用だと思う。


「またまた謙遜して。だけど、そういうところが好まれているのかもね」


 物事には相性がある。俺の魔法はたまたまうまく状況に噛み合っているにすぎない。結界魔法は呪いを跳ね除けることはできないし、俺もそれに対する知識は持ち合わせていない。

 呪いの類とは今後も関わることがないように祈ることしかできない。


 出発予定は明後日。数日の野宿は覚悟せねばなるまい。それにしても、魔龍討伐から思っていたがスケジュールがカツカツでなかなかキツい。

 とはいえ、緊急だから仕方ないんだよな。普通はこんなに緊急事態が連続して起こることなんてないし、このタイミングで思うのはぴったりと重ならなくて本当に良かったということだ。


「さて、準備をするか」


 明日は出発に備えて体を休めるとして、今日は少し強度を高めに鍛練をしよう。

 食べすぎたせいか、体が重い感じがしているし。


「あ、そうだ」


 俺はまず、ギャランに剣を渡した。死ぬほど喜んでいて、すぐに庭先で素振りを始めていたよ。あとは、リリだな。


「リリ」

「ん? おにいちゃん?」


 短剣と指輪を目の前に出す。


「ほら、プレゼントだ」

「!?」


 少し眠そうだったが、一気に目が開いていた。おねだりされた短剣と約束の指輪を渡す。


「約束して欲しい。短剣は危ないからまだ使ったりしないこと」

「わかった!」


 この子は約束をきちんと守るから安心できる。


「それと、これね。指輪だよ。魔道具っていうものだから、手がこれから大きくなってもこの指輪は大丈夫だからね」

「ほんと!? お宝にする! ありがとう、おにいちゃん!! ぎゅーーー」

「ははは」


 リリは早速指輪を付けていた。言ってないけどお揃いではない。俺の魔力と自動反撃を付与している。これで万が一の時のお守りになるだろう。


「本当にありがとう!」

「いいんだよ。いつも良い子にしてるからな」

「これからも良い子でいるね!」

「良い心がけだ」


 よし、これで思い残すことはなくなった。今日は鍛練、明日はきっちり休む。


「外に行くかー。ついでにギャランも見ておかないとな」


 素振りとはいえ真剣なので、一応俺が今後は付いてるときだけ素振りをすることにした。

 こういうことをすぐに納得してくれるから、本当に物分かりの良い子だ。

 汗を流すギャランと共に俺も静かに鍛練を開始した。






「おにいちゃんの魔力……すごくたくさん。濃い。ねえ、わたしおかしくなっちゃうよぉ……」


 少しお昼寝をするにもどうしても寝付けないリリであった。天狐族はとても魔力に敏感なのである。

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