幕間「可愛い子には旅をさせよ」
「あなた、気が触れたの?」
「……愚行だった。魔王として……」
「は? 魔王ではなく『父』として、そこは考えるべきでは? 本当に頭おかしいんじゃない?」
「す、すまん……」
「早く様子見てきなさい!!!」
「は、はい……すぐに準備します……」
魔王国の王城での一幕。美しい女性に怒鳴られているのは現魔王であるガネシャだ。対する女性は魔王妃であるサリエンテで、二人はサリシャの両親だ。
サリシャはこの夫婦の一人娘であり、このまま順当にいけば将来の魔王となる。そのため、ガネシャは『魔王となるもの見地を広めよ』と、まさかのまだ七歳である娘を遠くの地へ転移魔法で送った。
最悪なのは妻であるサリエンテに一言の相談もなく、独断でこれを遂行したことだ。考えるまでもなく、彼女は激昂し、ガネシャは萎縮しきっている。
「では、いってくる……」
「さっさと行きなさい!!!」
「この辺りだったな」
サリシャには危害が及びそうになったとき、その敵意に反撃するよう魔王特有の魔法を施している。それはまだ発動していないため、無事であることは確かだ。
「あ、あれは……」
サリシャが何者かに話しかけられている。少し離れたところに見える施設の者だろうか。
「付いていってしまった……」
ガネシャはなんなら連れ戻そうと思ったが、サリシャは笑顔だ。ここで無理に連れ戻そうとして、彼女の敵意がガネシャに向くと、自分の魔法が自分に対して発動する。
便利すぎる故しっかりとしたデメリットのある魔法なのだ。
「せめて、あとであの者に説明だけはしよう」
そうして、夜まで待ってガネシャは孤児院に足を踏み入れることにした。なぜかこのときガネシャは『見地を広める』という目的がここで達成できると思ってしまったのだ。
サリエンテの鬼の形相などすでに忘れている。魔王ガネシャは意外とおっちょこちょいであった。
「ふむ、ここらなら魔物も少ないし、比較的安全だろうな」
待ちに待った夜に孤児院へ向かうと同時に、周辺の様子を感知魔法で伺う。
おっちょこちょいだが彼は魔王、様々な魔法を高水準で扱えることは間違いない。
「……よし、行くか……」
かなり緊張しながらガネシャは孤児院にお邪魔した。
「夜分にすまない、少々よろしいだろうか」
「ええ。何用で?」
「私は魔王ガネシャと申す。サリシャについてなのだが……」
「私は院長のレスターと申します。ああ、あなたがお父さんでしたか。お迎えですよね?」
「いや、成人するまでここで預かって欲しいのだ。あの子には将来の魔王として見地を広めてほしくてな。王城での教育だけでは外の世界が見られない」
「え?」
レスターは面食らった。サリシャのお迎えでなく、成人まで預かって欲しいと言う。いくら魔王とはいえ、少々頭のネジが緩んでいるのでは、と感じてしまった。
「そういうわけだ。お願いできないだろうか」
「ここは孤児院なのですがね……まあ、他の子と打ち解けていましたし、お受けしますよ」
将来帰る場所がある。それはとても良いことだ。孤児院の子たちとは少し状況が違うが、サリシャにしてみれば突然捨てられたような気持ちになる。いや、実際そうなっていた。
だから、サリシャの気持ちまで考えるとすればこのお願いは断る理由がない。
「すまない。助かる」
「それと、サリシャはあなたに捨てられた、とお話ししていましたが」
「そのことについては、ちゃんと然るべきときに説明しようと思う」
「……わかりました」
「では、突然すまなかった。失礼するとするよ」
「はい、サリシャのことはお任せください」
早く説明したほうがいいのにな、とレスターは思ったが家庭の教育事情に口出しはしない。そこは親子だしなるようになるだろうと簡単に考えていた。
『我の父は貴様ではない』
『そもそも誰だ?』
『ディルよ、あいつは敵だ。我を守れ』
『ええい! 近づくな!』
『母上、こいつは誰なのじゃ?』
そんな未来のことは誰にもわかりはしない。ただ、サリシャのことを本当に愛しているガネシャが死ぬほど後悔する姿は少し想像できてしまう。
可愛い子には旅をさせよ、なんて言うが、やり方を間違ってまで無理に旅をさせるのは良くない。勢いに任せるのではなく、きちんと親なりに考えてから旅をさせるべきなのだ。
「それで、サリシャは?」
「孤児院に預けてきた。あの場所なら見地を広められるだろう」
「はぁ!? なにを考えているの!?」
「え、ええと……ああ」
「当分あなたの顔は見たくもありません!!!」
「サリエンテ!」
「うるさい! あなたは少し反省していなさい!!!」
再びサリエンテにブチ切れられてしまい、王の間に一人立ち尽くす魔王。
「……なにを反省すれと言うのか」
やはり、少しお馬鹿さんなのかもしれない。
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