幕間「レスターの憂鬱」
「どうしてこうなってしまった……」
レスターは執務室で大きく項垂れていた。今頃はきっと王国騎士団員が急いで孤児院へ向かっているだろう。
数分前に王国騎士団長であるライオネットが退室したばかりで、ディルの動員について同意をしてほしいと説得されていた。
本来、動員についてはレスターの同意は不要であるが、次はディルの説得もある。そのときの材料としてレスターの同意が欲しかったのだ。
だが、あくまでこれはディルと王国騎士団の話。レスターの同意については念には念を、という程度だろうが、基本的に孤児院の子たちの安全さえ担保されればディルは動員に同意するだろう。
「それにしても……ディル君があれほどまで求められるとは。本当に良い人材だったんだね」
『失礼します』
遡ること三十分ほど前。レスターの執務室に王国騎士団長であるライオネットが訪れた。
『ライオネット君だね。どうかしたかな? 魔龍の件かい?』
『はい。それでなのですがレスター孤児院のディルの動員に同意していただきたく参上しました』
『ディル君の? 有事の時にそういった可能性があることは聞いていたけど、魔龍の件に彼が必要なのかい?』
『そうですね。彼の有無で犠牲者の数が大きく変わることは断言できます』
ライオネットは何一つ迷うことなく、ディルが必要で、それが魔龍討伐の犠牲を抑えることに繋がると説明した。
『たしかに、彼の結界魔法は素晴らしいと思う。神に愛されているのかと疑うほどには。しかし、どうして私の同意が?』
『確実に彼を説得するためです。また、この件は孤児院の子たちを王都で一時的に保護することになるので、いずれにせよレスターさんのお耳には入れなければならない話であります』
『なるほどね。あの子たちの安全が約束されるならディル君も動員に同意するだろう。それと、』
レスターは話を続ける。
『ディル君自身の安全は確約されているかい? 万が一のことがあると、私では対処できない大ごとになりかねない』
『と、言いますと……』
『訳アリなんだけど、孤児院に魔王の子がいてね。すこぶるディル君に懐いているんだ。そんな子にもしもだよ、ディル君が戻らない、なんていったらどうなると思う?』
『……最悪は戦争、魔族との交友関係に影響がでる、と』
『私は有り得なくない話だと思っているよ』
レスターもライオネットも嫌な想像をして冷や汗をかいている。魔王は自身の子の見聞を広めるためという理由で魔族の地から離れたこちら側へ子を飛ばした。とはいえ、子への愛情がとても深いことは事実である。
つまり、人族のせいで我が子が大きな悲しみに飲み込まれたとすれば、それを黙って見過ごすような質ではない。
『胃が痛くなりますね。ただ正直、ディルは問題ないと思います。それだけの実力がありますから』
『私も胃が痛いよ。まあ、ライオネット君のお墨付きであれば大丈夫だろう。同意はさせてもらうよ。孤児院の子たちの保護場所は私で手配しようと思う。騎士団は魔龍討伐に集中してくれ』
『ありがとうございます。では、こちらはすぐにディルの元へ人を送って対応したいと思います』
『そうしてくれ。それと、王都に来るときはディル君と孤児院の子たちで一緒に来れるようにしてあげてほしい。あとからあの子たちに文句を言われそうだからね』
『承知しました。では、失礼します』
そうして、今に至るわけだ。レスターは想像以上に孤児院の子たちがディルを慕っていることを目にしている。
少々いきすぎた子もいるが、だから今も彼に孤児院を任せられるし、本音を言うと動員には同意したくない。
彼とあの子たちを引き離すのは骨が折れそうだからだ。特にリリ、サリシャ、ディリーあたりはガミガミ言ってきそうである。
「ああ、この歳になって胃痛がくるのは辛いね……」
レスターは憂鬱な気分で早速孤児院の子たちを保護する場所の手配を始めた。
「ライオネット君が言うのだから大丈夫だろうけど、本当に何事もなく上手くいくといいね……」
「レスターさん、一つ報告漏れが」
「なんだい?」
気まずい顔をしてライオネットが再び執務室を訪れる。
「魔龍討伐ですが、決行は五日後になります」
「なかなか、スケジュールが詰まっているね……」
通常では考えられないスケジュールだ。緊急である以上仕方ないのだけれど。
「そうですね。我々としても万全を尽くしたいですが、本当に時間が少なくて困惑しています」
「だろうね。わかったよ。私も色々と急ぐことにするよ」
「よろしくお願いします」
ライオネットが再び退室し、レスターは無意識に胃薬へと手を伸ばした。
「どうしてこうなってしまった……」
ここから少しの間レスターの憂鬱な気分は晴れることはなかった。
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