第14話「代理として その3」

「すんすん……ディル様ぁ……」


 今日もディリーはいつものようにこっそりディルの部屋に忍び込んでいる。

 慣れた手つきで用を済ませ短時間で抜け出すため、これまたもう一人の侵入者であるリリとドッキングすることは今のところない。


「今日は……これを返して……こっちをもらうの」


 この子はいつからかディルの匂いにハマってしまい、Tシャツや肌着を定期的にくすねるようになっていた。

 もちろん、当然のようにそれを着て寝ている。そして、匂いが薄くなったらそれを戻し、新しい服を拝借しているのだ。


「ディル様、ディル様……」


 リリも執着心が強く、ヤバい感じになることがあるが、この子もなかなかヤバい感じに成長してしまっている。

 ちなみに、ディリーの一番の好みはギャランとの手合わせのあとのディルの汗がたっぷり染み込んだ肌着である。

 一体ディルはこのことにいつ気付き、どのように対処するのだろうか。

 何より今はディリーとリリがドッキングしていないという事実に安堵したいところだ。

 そして、二人の小さな侵入者の邂逅はいつ訪れるのだろう。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「ディルよー! 走れ走れー!」

「おうおう!」


 昼下がり、俺はサリーを背負って孤児院の周りを走っている。どうして、背負ってるか? サリーに聞いても、ここが我の場所だからだ、とよくわからない回答をされているから、俺にもわからない。


「なあ、サリー」

「なんじゃ?」

「楽しいか?」

「我はとても楽しいぞ!」


 それならいいか。よくわからなくても笑顔になってくれるのであればそれは正解だと思う。


「テオ、オレの背中に乗れ!」

「え、なんで……」

「兄貴と競争だァ!」


 外で遊んでいると大抵ギャランとテオがセットで合流する。唐突に始まる競争、負けるわけにはいかないね。


「やったぜ!」


 負けました。素の身体能力は潜在性を含めてやはり狼人種には勝てないか。テオよりサリーのほうが軽いだろうし、なんか悔しいぞ。


「ディルよ。次は勝つのだぞ」

「う……もちろんだ」


 今でこそ遊んでばかりだが、月末になると一気に書類仕事が出てくる。レスターさんは自作マニュアルがあるから大丈夫と話していたが、やはり不安だ。ちょっとずつでも今日から予習しておこう。


 お昼過ぎは少し昼寝を時間を設けている。先ほどまで賑やかだった孤児院の広場も静寂に包まれている。

 俺はこの時間にボーッと空を眺めるのが好きだ。穏やかな風と気持ち良い青空。心に余裕がなくなりそうな時は空を眺めるに限る。


「どこまでも広がる空に比べたら……俺の悩みの一つ二つは小さいもんだよ、ほんと」


 頬を撫でる風になんとなく励まされている気がする。


「レスティア、見ててくれてるか? 俺は楽しくやっていけてるよ」


 無意識に今は亡き妹に語りかける。四歳のときに病に罹り、一年後、それが不治の病だと宣告された。そうして、七歳の頃にこの世を去ったのだ。

 あの時の無力感はいつまでも忘れられない。もっと何かできたのでは、という後悔が後から押し寄せてくる。

 だから、今目の前の子たちにはできることをしてあげたい。これはある意味で俺のためでもある。無力感に押し潰されそうだった気持ちに打ち勝つため。


「ほんと、助けられてるのは俺なのかもね」

「おにいちゃんっ」

「ん? リリは寝てないのかい?」

「目が覚めたの、ね、抱っこしてー」

「おいで」


 もっとできることを増やしていかないとな。リリに俺は何をしてあげられているか?

 抱っこばかりなんだよな。もっとこう、色々と勉強しないといけないかな。


「おにいちゃん、大丈夫だよ」

「なにが?」

「ぜーんぶ! いつもがんばってくれてるもん」

「そうかそうか、ありがとうな」


 さっきの独り言聞かれてたかな。リリに励まされてまた少し元気が出てきたよ。


「少しあるこー」

「おう」


 なんか、気分転換になった。やっぱり俺はここにきて正解だったと心底感じる。この縁は俺が死ぬまで大切にしていきたい。

 だから、俺は全力でこの子たちのために生きていかないと。改めてそう決意することができた。


「あれ、だれかいるね」

「お客さんかな……いや」

「リリ、お部屋に戻ってて。すぐ声かけるから」

「ん……わかった」


 俺はすぐにリリに部屋へ戻るよう促し、来訪者のもとへ向かう。

 セラフィではないが、王国騎士団だ。とても嫌な予感がしてくる。


「お久しぶりです。キースさん」

「おう! 元気にやってたか?」

「とても充実しています」

「ハハハ! 顔色見たらわかるわ! よかったよかった!」


 王国騎士副団長のキースさんだ。狼人種で、戦闘センスは抜群である。セラフィを一瞬で組み伏せるほどには強い。


「……要件は?」

「動員依頼だ」


 このタイミングで……厳しいな。


「このことをレスターさんは」

「何とか団長が説得したよ……あの筋肉オバケが項垂れてたんだぜ。目の前で腹抱えて笑っちまってな。ボコボコにされたよ」

「何やってるんですか……というか禁句ですよ、それ。あー……で、動員となるとアレですよね」


 ギルド見かけた黒紙の依頼。


「アレだな」






「「魔龍討伐」」


 一番勘弁願いたかったところに綺麗におさまった。キースさんはケラケラ笑っているが、俺にそんなゆとりはなくなっていた。

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