第11話「招聘」

 王国騎士団本部。休日を堪能したセラフィは団長室に呼び出されていた。


「入れ」

「失礼します」


 個人で団長室に呼び出されることは珍しい。セラフィは呼び出される覚えがないためビクビクしていた。


「昨日の件で聞きたいことがあってな」

「ディル先輩のことでしょうか?」


 セラフィには、実質的な団長命令であった件のことくらいしか想像できなかった。


「あぁ。どうだった?」

「先輩はさすがですね。子どもたちに慕われていてとても楽しそうでしたよ」


 やはり彼女の想像どおりだった。


「それならよかった。いやな、上から通達があったんだ」

「と、言うのは」


 王国騎士団は国の機関ではあるが、独立性が高いため、基本的に国からの指示を受けることはない。指示が下されるということは余程の事態であることが想定される。


「文官の人員不足、そして魔龍の件だ」

「先輩と何か関わりがあるので?」


 まだセラフィはあまりピンときていない。


「レスターさんとは会ったか?」

「はい、とても優しいお方でした」

「うむ。あの人は元上級官僚でね、非常に優秀だったんだ。彼に一時的にでも国は戻ってきてもらいたいらしい」


 セラフィはやはり実質的に孤児院の現状調査に駆り出されていたのだ。そんなことはつゆも知らず普通に楽しんでいたが。


「は、はあ」

「ディルのやつが子どもに慕われてなければレスターさんに頼むこと事態無理だろう? 常識的に考えて。だが、そうでなければ交渉の余地があるってものだ」


 団長命令の目的の一つがレスターを一時的に国に戻せるか見極めること。


「なるほど? それで……魔龍の件とは? ギルドで調査依頼が出されていたと記憶しておりますが」

「結論としては確認された。昨日の時点で全団員に通達済みだ。そして、必要に応じてディルも呼ぶ」

「先輩を?」


 もう一つの目的がディルに『何かあるのでは』と気持ち的に準備させること。彼ならば何か察するだろうと団長は期待していた。


「情けない話だが、あいつがいないと多くの死者が出かねない。いや、間違いなく多数の犠牲を伴う。ディルがいればその不安を払拭できるんだ」


 王国騎士団長であるライオネットが必要とする戦力。ディルは本人が自覚している以上に貴重な人材であった。

 しかし、人生は自由だ。団を辞めることを止めるなんてことはしない。ただ、有事のどうしても必要な時の動員だけは約束してもらった。

 それほどに彼の防御魔法は優秀であり、必要不可欠なものなのだ。


「その点については同意です。ただ、子どもたちは……」

「王城でディルが動員されている間は預かることを考えているようだ。レスターさんもいれば問題ないだろう。上はよく考えているよ」


 この感じだと根回しは済んでいるのだろう。


「そういうことでしたか。私にはよくわかりませんが、また先輩と前線に立つのは楽しみです。では、訓練に出ますので失礼します」

「わかってないのか……いや、いい。わかった。わざわざすまなかったな。ありがとう」


 わかってないならその場で聞いてくれよ、とセラフィの退室後に頭を抱える王国騎士団長であった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「王都へ? また急な話で迷惑ですね……」


 レスターさんに王都から官僚としての短期復帰の依頼があった。強制力のないお願いだが、実質的な命令だ。無視すれば王命にランクアップして再度命が下されるだろう。


「人材不足の話は聞いていたからね。孤児院からは少し離れるかもしれないけど、ディル君がいれば安心だよ」

「そんな……俺は」


 レスターさんがここを不在にするのはさすがに不安になる。


「君が思っている以上に、君は優秀だよ。みんなにも慕われているじゃないか。そこは自信を持っていいところだよ」

「は、はい。ありがとうございます」


 この時点でレスターさんが今後少しの間不在になることは確定している。

 タイミング的にはセラフィが急に来たことが怪しい。やはり団長にうまく動かされていたわけか。

 まあ、おかげでギャランやテオに良い刺激になっていたし、何ならまた来て欲しいくらいだけどね。

 それにしてもレスターさんの不在か。いくら自信を持ってと言われても不安は払拭できない。こういうとき、改めてレスターさんの存在の大きさに気付かされる。


「まあ、期間も一か月か二か月くらいだとは思うよ。国も人材を探すのに必死だろうからね」

「なるほど。それくらいの期間であれば……頑張ってみます」


 短いようで長いけど、長いようで短い期間になりそうだ。


「大丈夫だよ。何かあれば私に相談してくれて構わないし」

「はい、ありがとうございます」

「それじゃあ返事を出すかな。色々と忙しくなりそうだね」

「無理はなさらず……健康第一ですからね」

「ははは! 大丈夫だよ。ありがとうね」


 レスターさんは早速準備を始めるらしい。おそらくここ二、三日で王都へ行くだろう。俺も短期とはいえ孤児院を任されたのだ。気合いを入れ直さないとならないな。


「本当にそれだけなのか……」


 何となく、嫌な予感ではないが、何か起こるようなそんな予感がした。

 何事もなければいいけど。気構えだけは常にしておかないとな。


「……そういえば」


 ギルドで見かけた黒紙の調査依頼。


「魔龍、あり得るか……」


 もしかするとその対応で国は忙しいのではないか。そうなると、最悪俺も呼ばれる可能性がある。

 孤児院の子たちはそうなるとレスターさんのいる王都で過ごすことになるだろう。


「こじつけかな。でも、繋がっちゃうんだよなあ」


 しかし、これは確定事項ではなく、単なる俺の妄想だ。だが……。


「悩むもんじゃないな。さて、ちょっと早朝散歩でも行くかな」


 リフレッシュ、リフレッシュ。


「ディルにーちゃん! どこかへいくのー?」

「ミィちゃん、おはよう。散歩だよ。一緒に行くかい?」

「ん、いくのー!」

「よし、それなら早速行こうか」


 俺はミィちゃんの手を取り快晴の空のもと散歩へ行くことにした。こうやって空を眺めながら散歩しているとくよくよしているのが馬鹿らしくなる。

 全部が全部どうでもよくなるわけではないけどね。


「ディルにーちゃんと久しぶりに二人きりっ!」

「そう言えばたしかにね。いつもリリやサリシャが一緒だもんね」

「ん。なんか、たのしい!」

「よかったよかった」


 そうだな。俺は何にせよこの子たちの笑顔を守るために動く。それだけでいいじゃないか。孤児院に戻る頃にはだいぶ晴れやかな気持ちになっていた。


「大丈夫、俺が守るから」


 改めて、決意を口にした。

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