幕間「異質の王国騎士団員」

 これはまだディルが王国騎士団に在籍していたときの話である。

 彼は王国騎士団員として求められる資質のうち、大勢を占める剣術が並程度であり、いくらその信念が崇高なものであっても本来であれば振るい落とされる水準であった。

 さらに、攻撃系統の魔法も並であり、『攻め』という観点ではやはり王国騎士団には当然入団できるものではない。


 しかし、ディルの防御系統の魔法はずば抜けており、入団試験時の実践テストでは試験官を圧倒するという目を疑う結果を残した。






『受験番号7、ディル!』

『はい!』


 実践テストは木刀で行われるが、怪我をする者はあとを絶たない。生半可な覚悟で挑むものではないし、王国騎士団がいかに本気で選考を実施しているかが理解できる。


『ルールは事前説明のとおりだ! 木刀にて試験を実施し、魔法使用は可。審判が“死亡相当”と判断した時点で打ち止めとする』

『承知しました』

『では、十秒後より試験を開始とする!』


 十秒、その時間はディルが自分に魔法を展開するには十分すぎる時間であった。


『……自動反撃。対人保護結界。よし、これで大丈夫かな』

『いくぞ!』


 試験官は現役の王国騎士団員である。戦闘力は魔法なしであっても高いが、身体強化魔法を自身に施して立ちはだかる。

 試験官とディルの距離は二十メートル程離れていたがその距離は一瞬で詰められた。


 ディルはもちろん、試験官の動きに対応できない。剣術は並であるから感覚で相手を見切るなんて芸当は無理であるし、目に見えぬほどの動きを動体視力のみで追いかけることもできない。

 ただ、動かずに立っているだけである。


『もらった!』


 試験官は即座にディルの後ろに回り込み、一撃で潰しにかかる。何人も受験生がこの一撃で沈められた。わかっていても受けきれない速度での一撃に。

 ガキン、と到底人と木刀が出す音ではない音が響き渡る。


『は、は!?』


 試験官の力ではディルの結界を破ることはできなかった。ヒビの一つも入っていない。そして自動反撃による魔力弾が若干動揺している試験官の足元の地面を抉り取った。


『待った! 勝負あり! 勝者受験番号7 ディル!』


 試験官に勝ったのは今期の試験ではディルのみであった。実際はここ数年試験官が負けるケースというのはなく、ある意味では想定外の事態であった。

 なにせ、試験官は将来の幹部候補から選抜され、少なくとも副団長クラスまでは上り詰めると期待されている者だからだ。


『よし! 合格した!』


 後日、試験結果が通達され、ディルは当然合格した。攻めではなく守りに特化した異質の騎士団員の誕生である。






「ディル、俺に拘束魔法をかけろ」

「団長? どうしたんですか、いきなり」

「まあ見てろ。面白いものを見せてやる」


 何か変な性癖なのだろうかと一瞬ディルは震えた。


「わかりました。拘束魔法」

「!? なかなか強度の高いものだな……だが、な……んんんんんん!!!!!」


 ある日の一幕。これはライオネット団長の異名が誕生した日でもある。


「ふむ……身体強化なしだと厳しいか。それに魔力弾が痛えな」


 ディルの拘束魔法は逃れようとすると魔力弾による反撃がされるよう展開されている。もちろん、この魔力弾は抵抗させる気を失わせるためのものであり、決して『痛えな』程度の感想で済むような代物ではない。


「さて、と。身体強化ァ! んああああぐううううあああああああ!!!!!」

「え、怖……」

「なになに〜! 面白いことやってるね?」


 団長の声が聞こえたからか副団長のキースが面白そうな顔をしてやってくる。


「キース副団長……なんか、団長が拘束魔法かけろって、それでなんか抜け出そうとしてます」

「うわ、やばくね? 見てみ、あの筋肉。狼人の俺よりやべーよ。ふはは! まじで化け物だな。まさに“筋肉オバケ”じゃねえか! ギャハハハハ!!!」


「「あっ」」


 この瞬間、ライオネットはディルの拘束魔法を抜け出した。身体強化はしているものの己の力のみで。同時に、鬼の形相でキースを睨みつけている。


「聞き捨てならねえな。誰が筋肉オバケだぁ? キースよぉ」

「え? 団長のことっすよ。ほんと、やば。ギャハハハハ!」


 え、団長を煽るの? と本気で焦ったディルであった。


「こい」

「あ、待って。ごめん、ほんと、ごめ、ごめんなさぁいいいい」


 キースは首根っこを掴まれ、団長にどこかへ連れて行かれた。その日、彼は訓練に姿を現さず、その後も数日所在不明となっていた。

 その日から『筋肉オバケ』は禁句となり、口にしたものは団長直々の半殺し刑にあうと噂されるようになった。


「諸君、団長の前で軽口は慎むように。俺のようになりたくなければ、な」


 青あざの消えきっていないキースがドヤ顔で放ったこの言葉は全ての団員に深く突き刺さったことだろう。


 ちなみにこの件以降、ディルは拘束魔法を洗練し、次にライオネットから話を持ちかけられたときは絶対に逃れられないだけの自信を持つ拘束魔法に昇華していた。

 実際、この拘束魔法は魔龍討伐のときに魔龍の動きをほぼ無力化するほどの強度にまで完成されていたのだ。

 もちろん、ディルにとっては当たり前のことであるため、褒賞などは断った。なぜならトドメを刺してはいないから。やはり、褒賞はその首を討ち取ったものに与えられるべきだろう、と当時の彼は本気で考えていたわけだ。


 王国騎士団にはディルが防御特化していることを笑うものはいないし、寧ろ尊敬されているほどで、実のところ彼は将来の幹部候補筆頭であった。






『団長、夜分にすみません。少しよろしいでしょうか』


 彼が退団を申し出たこの日、ライオネットは悩みすぎて一睡もできなかったとか。

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