第12話「代理として その1」

「それじゃ、今日から院長代理をお願いするね」

「はい! お任せください」


 レスターさんから院長代理を言い伝えられる。


「頼りにしているよ。何かあれば遠慮なく相談してくれていいからね」

「ありがとうございます」

「では、いってくるよ」


 今日、レスターさんが王都へと向かうことになった。期間はおおよそ二か月。その間は俺が孤児院の院長代理としてここを守るわけだ。

 ギルドでの活動も少しお休みになる。運営資金については十分余裕があるし、食材などは商人が定期的に届けてくれるから問題ない。

 ちなみに、明日来る予定の商人には事前にクッキーをお願いしていたので、とても楽しみだったりする。


 子どもたちには昨日の夜に朝早くにレスターさんが少しの間不在になることを話した。

 さすがにみんな寂しそうな感じであったが、俺たちが兄貴を支えるぜ、なんてギャランからの言葉も貰って俺も元気になっている。やっぱりあの子は騎士団向きな気がするよ。


「さーて、少し散歩でもするか」


 セラフィが来たときといい、どうにも最近は朝早くから動くことが多くなってきている。

 その代わり夜は気持ちよく眠れるし、朝型の生活は良いことばかりだ。心なしか肌ツヤも良い気がする。


「久々に素振りでもするかなぁ」


 身も心も元気ではあるが、なんだかんだで不安である。なんだかんだで緊張しているのだ。少しでもこの不安を紛らわすために、最近サボり気味だった素振りをすることにする。

 俺はお世辞にも剣術に長けているとは言えないから、少しでも努力しないと本当に騎士団の訓練がしんどかった。ちょっと懐かしい思い出だ。


 団長は気にすることはないと何度も言ってくれていたが、わかっていても心から納得はできなかった。適材適所で、俺の役割はわかっていたが、剣術ってのはとにかくかっこいい。

 剣も振れない王国騎士団員とは言われたくなかったのもあるが、とにかく綺麗な剣術は惹かれるし、かっこいいから俺も少しでいいからその理想に近づきたかったのだ。


「今は鈍ってるだろうし、とりあえずは素振りから……」


 あと、俺が剣術で最も尊敬しているのは王国騎士副団長のキースさんだ。あの人は狼人種であり、セラフィのように身体強化と拳にナックルを装備してのガチガチの近接スタイルがメインなのだが、実は剣術も超一流で、二十八歳という若さで副団長になっているのも納得できる。

 ただ、センス全振りのようなタイプなので、師事を願っても叶わなかった。



『まあ、適当に振ってればそれっぽくなるぞ?』


『あの筋肉オバケよりも俺の方が剣は上だと思うけど、教えるのはなぁ』


『結局センスだセンス。なんとかなる、とりあえず頑張れ』



 参考になることは何一つとして教えてもらえなかった気がするね。そんな雑念はいらないか。みんなが起きる時間まで無心で素振りだ、素振り。






「ディーちゃん、おはよう」

「ん、おはよ」


 決まって朝起きるのが早いのはディーちゃんだ。ギャランとテオとサリシャは起きるのがとにかく遅い。大抵起こしてやってる。

 ミレイちゃんはしっかり朝食などのスケジュールに合わせて起きていて、ミィちゃんとリリはまちまちだ。


「ふあ〜、ディルにーちゃん、おはよーなの」

「おはよ、ミィちゃん」

「ディリーもおはよー」

「おはよー」


 そういえば今日から俺は食事の準備を本格的に手伝うことになった。ミレイちゃんが教えるのは任せてくださいって言ってたから安心だ。きっと俺にもできる。


「おはようございます」

「ミレイちゃん、おはよう」

「「おはよー」」


 予定時間ぴったりに起きてくるあたり、本当に真面目というか、しっかりしている。まだ八歳というのが信じられない。セラフィよりもきっちりしているんじゃないか。


「今日から俺が手伝うけど、手際悪いと思うから先に謝っておくね」

「いえいえ、大丈夫ですよ。私もそんなスムーズになんでもできないですし。一緒に頑張りましょ!」

「ありがとう」

「はいっ!」


 俺はミレイちゃんと朝食を作るので、ミィちゃんとディーちゃんには四人を起こしにいってもらった。朝食までに顔を洗ったりやることもあるから。

 ちなみにミレイちゃんはこの時点で全て終えている。寝坊しているのも見たことがないし、本当にしっかりし過ぎているな。


「ねえ、ミレイちゃん」

「どうしましたか?」

「寝坊とかしたことある?」

「うーん……なんていうか、相談してもいいですか?」


 急に神妙な空気感になる。相談事か。


「いいよ。言ってみて」


 軽い感じで聞いてみたが、その内容は思ったより深刻だった。

 この子はテオと幼馴染であり、二人が住んでいた村は魔物によって多大な被害を受け、事実上消滅した。彼らの両親も村と子を守るために殉職しているのだ。

 その後、レスターさんが二人を孤児院に連れてきたという感じなのだが、ミレイちゃんの話を聞くと、その過去の経験がフラッシュバックというか、思い返されて、決まって同じ時間に起きてしまっているらしい。


「私、少し寝るのが怖いんです」


 正直、あまり良い状態ではないことが伺える。王国騎士団でも同じような症状から結局退団を余儀なくされる人を何度も目にしてきた。

 決まって彼らは寝るのが怖いことから始まり、そこから眠れなくなり、日中もまともに動けなくなる。それは寝てないから体力的にも辛いだろう。

 しかし、それだけでなく、『心がついていかない』と言うのだ。

 そういえば、そんな人たちに効くかわからない回復魔法で応急処置的なことをしたら少し気分が良くなったと言っていた気がする。


「話してくれてありがとう」


 そういってミレイちゃんの頭を撫でてやる。ついでにやってみるか。


「回復魔法」

「ふあ?」

「何か気分変わったとかあるかな?」

「少し気持ちが? スッキリした感じがします……すごい……またお願いしてもいいですか?」


 やっぱり少しは効くのだろうか。


「寝る前とかにやってあげるからさ。今日から試してみようか」

「はい!」


 この夜、寝る前にミレイちゃんの部屋で回復魔法を施してから寝かせたところ、翌日初めて寝坊した。






「ご、ごめんなさい!!!」

「気にしなくていいよ。さ、朝食の準備しようか」


 珍しいものも見れたしいいってことだ。


「はい! 本当に……ありがとうございます。それと……」

「いいよ。落ち着くまでは毎日してあげるから」

「あ、ありがとうございます」


 この日から俺の日課にディーちゃんの羽の手入れだけだなく、ミレイちゃんを寝かしつけることが加わった。

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