第9話「客人」
最近は良い天気続きだったが、今日はあいにくの雨だ。ギルドに行く予定がなくて良かった。雨の日は気持ちもどんよりするからあまり好きではない。
「え?」
まだ子どもたちも寝ている時間だ。そんな早くに誰か来た?
孤児院周辺に展開している結界に反応が確認できた。これは外側から内側に何かが侵入したということか。
「考えるより確認だ。行こう」
俺は急いで外へ向かった。何かあってからでは遅い。頼むから魔獣とかは勘弁してくれよ。
「あれは……王国騎士団か……?」
見えるのは王国騎士団の正装だ。ということは、有事か何かあったのだろうか。有事のときは俺も動員される可能性がある。
当分の間とは言っているが、今の騎士団長が団長で居続ける限りは動員されることがあり得ると思っている。
「先輩! おはようございます」
「あぁ、セラフィか。おはよう。こんな朝早くから……何かあったのか?」
「いいえ、今日は非番なので。先輩の顔を見にきただけです!」
非番で正装? 団長が怒る案件だよ、それ。
「お前……それなら正装はまずいだろうに」
「この服装なら先輩にすぐわかっていただけるかなと……団長の許可も出ていますので」
団長の許可? そんなことあり得るのか。
「そ、そうか」
どうしてまた急に、とは思ったが、来訪者は王国騎士団のときの後輩であったセラフィだ。同班で動いていたため、一緒にいる時間はまあまあ長かったと思う。
彼女は狼人種で、将来の幹部候補だ。戦闘センスが抜群で俺も頼りにしていた。対人ではセラフィがほぼ前線で暴れ狂っていたから。
「とりあえず、濡れるから入りなよ」
「ありがとうございます」
それにしても、顔を見にきただけ、というのはいささかおかしい気がする。セラフィは基本的に鍛練の鬼であるからだ。
そんな彼女が俺の顔を見るためだけにわざわざ孤児院まで来るというのがどうしても納得できない。
「おや、お客さんかい?」
「レスターさん、おはようございます。はい、騎士団のときの後輩でして」
「はじめまして、セラフィと申します。早朝からお邪魔してすみません」
「はじめまして。私はレスターです。気にすることはないよ、ゆっくりしていきなさい」
「ありがとうございます!」
うーん……王国騎士団の頃を思い出しても、やはり彼女の性格的に鍛練より俺を優先することには違和感がある。何か団長から変な誘導があったのではないだろうか。
「先輩?」
「ああ、すまない。ちょっと考え事してた。それで、何かあったのか?」
「いえ、団長に休みをやるから先輩の顔でも見てこいって言われまして」
あぁ、誘導とかではなくストレートだな。半ば団長命令に等しい。そりゃ鍛練どころじゃないよな。
「なんかその、大変だな」
「先輩には会いたいと思っていたのでちょうどよかったですよ」
「その会いたいってのは、あれか? 鍛練的な……」
「もちろんです! 今日こそ結界をぶっ壊して見せますよ! ただ、この孤児院の周辺にあるものは私じゃ無理そうですね」
鍛練の鬼であることに変わりはなかったようだ。
「そりゃ維持するのにもだいぶ魔力使っているからな。そんなにやわなものじゃないぞ」
それにしても、結局はそういうことか。王国騎士団のときから俺の結界魔法を打ち破ることを目標にやってたからな。俺の顔を見たいってことは鍛練したいってことだ。
「早朝だからな。五月蝿いと子どもが起きてしまうからちょっと離れたところでやるか。飯は大丈夫なのか?」
「ご飯はまだです! それより早くいきましょう!」
さすがに、孤児院の間近でやるわけにはいかない。セラフィは思った以上にパワーがある。子どもたちは確実に起きてしまうだろうし、ギャランが見たらそれはもう一目惚れしてしまうだろう。
多分俺の舎弟からは卒業して、姉貴! 姉貴! ってくっつく姿が想像できる。なんか、それもまた可愛いけどね。
「で、俺はいつもどおりでいいんだな?」
「はい。反撃もお願いします。もちろん、私を殺さない程度に!」
「はいよ」
自動反撃と重ねて対人保護結界を自分に展開する。基本は立っているだけのかかしだ。あとはセラフィが好きにやる。
ただなぁ、衝撃が洒落にならないからあまりやりたくないんだよな。本音では。万が一結界が突破されて、俺に彼女の拳が当たってみろ。死ぬぞ。少なくとも骨折以上の大怪我は避けられないだろう。
「では、胸をお借りします!」
「おう。飽きたら言えよ」
「壊すまで飽きませんよ!! いざ!」
セラフィは一瞬にして俺の視界から消える。もちろん、それを目で追えるほど俺の動体視力は良くない。背後に気配を感じた時にはすでに攻撃が飛んできている。
「りゃあ!!!」
ズシン、と衝撃が走る。この程度で破られるほどペラペラな結界ではないが衝撃による不快感は大きい。そう言った意味では俺にとっても訓練になっているのだろう。
「おおっ!? 反撃の殺意高すぎませんか!?」
「当然のように躱しておいて何を言ってるんだか」
彼女の動体視力は異常だ。目の前からほぼゼロ距離射出の魔力弾を躱すんだよ。意味がわからない。
ちなみに当たれば数日騎士団の訓練を休まざるを得ない程度の威力にしてある。
「さすが先輩! スパルタですね!」
違うんだ。痛い目を見たらもう絡まれないと思ってだな。なんて言えないけど、当たらないんだよな。セラフィが敵対したと考えるとちょっとやりずらいかもしれない。
でも、本気でやるなら全く負ける気はしないけど。
「セラフィ、本気で来いよ? 俺は朝食までには戻りたいんだ」
「いや、本気なんですが!? 頼みますよ〜……」
そんな話をしているが彼女の声はあらゆる方向から聞こえてくる。気持ち悪い。あまりにも動きが速すぎるのだ。
「よし、難易度上げるか。拘束魔法も使うぞ」
「ばっちこいです!」
一分以内に捕縛してやるから覚悟しろよ。
「降参です〜」
「いや、前より時間がかかった」
捕縛するのに二分くらいかかった。目標の二倍か。情けない。
「先輩、団長ってこれを力任せに破壊するんですよね」
「そうだね。いつもの拘束魔法だとあってないようなものになる」
団長の力はおかしい。人外だと言われてもそうですね、となるレベルだ。
「やっぱり筋肉オバケは違いますねー」
「お前、本人の前でそれ言うなよ。殺されるぞ」
「わかってますよー」
本当にわかっているのだか怪しいが、良しとしておく。余談であるが、現王国騎士団長であるライオネットさんは筋肉が半端ない。身体強化により、さらに洗練された力は俺の拘束魔法を力で破壊する。本当に最初は信じられなかった。
そんな団長の異名、というか裏では『筋肉オバケ』と呼ばれている。一度本人の前で副団長が異名を口にした時は手合わせという名の半殺し刑にあっていた。
「あー、セラフィ」
「はひ?」
「せっかくだし飯食べていくか?」
さっきまだ食べてないって言ってたからな。
「いいんですか!?」
「まあ、大丈夫だろう」
「ぜひぜひ!!」
そしてセラフィと孤児院に戻ると、リリが待機していた。
「お、おにいちゃん?」
「リリか、おはよう」
「その、おばさん、なに」
「「え?」」
リリの目のハイライト消えてる。朝から消えてる。俺とセラフィの声が重なった。なんか、怒ってませんかね。てか、『おばさん』って。セラフィは俺より若いんだぞ……。
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