第8話「チーズケーキと優しい時間」
今日の夕食は牛丼というものだった。まだ余っているライオネルホーンの肉をふんだんに使ったものらしい。
やはり先人は偉大だ。こんなに美味しいものを生み出してしまうなんて。騎士団寮でも食べたことがないぞ。
美味しすぎて二杯食べてしまいました。ギャランが俺のおかわりをみて、すぐにオレもオレも! となったのは微笑ましかった。
無理して食べてないか心配だが、いつもの如く体を動かしているなら問題ないだろう。
そして、もう一つの楽しみ。それが、
「チーズケーキ!? なんじゃそれは!?」
誰よりもサリーが目を輝かせている。クッキーのときもかなり騒いでいたが、今回はその時よりだいぶはしゃいでいるな。
喜ばれることはとても嬉しいからどんどんはしゃいでくれ。甘いものに目がない子は好きだぞ。
「切り分けは私がやりますね」
「それじゃお願いするかな」
ミレイちゃんが配ってくれるなら安心だ。こういう積極性を見ると、まだ八歳なのに妙に大人な感じがする。
俺がその頃はいかに自分が得をするかみたいなことばかり考えている自己中だったよ。本当にミレイちゃんには頭が上がらない。
「早くするのじゃー!」
「ほらほら、サリー。すぐ準備してくれるからおとなしく、ね?」
「う、うむぅ」
あまり催促して焦らせてしまうのは良くないからね。ちょっとだけ注意をして頭を撫でてやる。一瞬リリの視線がこちらを突き刺したような気がしたけど、気のせいということにしておこう。
「わぁぁああ!」
「おにいちゃん、ありがとっ」
「ディルにい、いつもありがとう!」
目を輝かせる子どもたち。眼福です。
「気にするな気にするな。みんなが喜んでくれると、俺も嬉しいからさ」
「じゅるり……」
うん、やっぱりサリーがもう待てない感じだな。
「よし、食べようか!」
『いただきます!』
おおお……なんだ、これは。口の中で溶けていくし、何せ濃厚で美味い。これはクッキーより値が張るのも納得だ。どうしてこのような天才的に美味いものを人は生み出せるのだろうか。世の中には飛び抜けた天才がいるものだな。ただただ尊敬する。
「ぬぅ、なくなってしまった……」
「サリー、もう食べたのかい?」
「とても美味しかったから……」
ものすごい勢いでがっついていたからね。そりゃすぐなくなるわ。もう、なんか溶けるからどんどん食べれるし、濃厚な味で口の中がとにかく幸せ。
「ほら、一口やるから、元気だしな」
「ほ、ほんとか!? 嬉しいぞ!!」
なんだかサリーの背中に黒いモヤが幻覚で見えたから、俺の食べかけだが一口やることにした。
残りを全部あげるほど心が広くないのは許してくれ。だって、とんでもなく美味しいのだから。また今度王都に行ったら買ってこよう。ハマっちゃいそう、本当に。
「はい、あーん」
「あーん……んんん! 幸せなのじゃ!」
とても幸せそうでなによりだ。この笑顔は何にも代え難い。そう思うけど、今回ばかりはチーズケーキには代えられない。ごめんな、サリー。
そして、リリよ……目のハイライトが消えている気がするけど、大丈夫かな。あとで構ってやろう。めっちゃ目が合ってるのにニコリともしなくて怖いです。
「ディルよ、褒美として我を抱っこしてもいいいぞ!」
まだ食べてるからね? 抱っこしたら残りもサリーにもっていかれそうだから、まだ褒美はいらないかな。
ちなみに、基本的にサリーは俺の背中にくっつくが、たまに褒美として抱っこしてもいいと言ってくる。
『我はおうじょだからな!』
などと言いながら。なんやかんや、可愛いからそのままノリに付き合ってしまっているけど、将来このまま王女様キャラに固定されないよね? 少し心配です。レスターさんが気にすることはない、本当に大丈夫だから、と言ってくれてはいるけれど。
「あとでな」
「むうううう!」
俺は自分の残りのチーズケーキを粛々と口に運ぶ。
「サリシャ! おにいちゃんはわたしを抱っこするの!」
「兄貴はオレと手合わせするんだぞ?」
「ギャラン、僕との手合わせは?」
んん、サリーとリリを抱っこしてギャランと手合わせして、そのあとは体力の削れたギャランと手合わせするテオをみればいいのかな? 俺ってば頭そんなに回転良くないからパンクしてしまうよ。
「みんな、ディルさんが困ってますよ」
こういうときのミレイちゃん。安心感と安定感が抜群だ。レスターさんもニコニコしながらチーズケーキを食べている。暖かい光景だな。やはり俺はここが好きだと強く再認識させられた。
『ごちそうさまでした!』
いや、本当にあと三切れくらい食べたいほどには美味しかったな。それにしても、食べ終わってすぐ両腕にはサリーとリリが抱えられている。
「なんでサリシャ……おりなさいよ!」
「なにをー!? 我の褒美だぞ?? ここは我の場所だ!」
「喧嘩はしないの」
チーズケーキをあーんしてからかな? リリのサリーに対する目つきと言動が若干強めになっている。そんな二人を生暖かい目で見ているわけだけど。普段はとても仲良しだからね。
「うりゃあ!!!」
「まだまだテオは筋肉が足りないぜ!」
もちろん、ギャランとテオの手合わせを見ることも忘れていない。この二人は胃が丈夫なのだろうか。食後の運動にしては少々ハードすぎる気がするけど。
ディリーにはあとで羽の手入れをお願いされている。ミレイちゃんはレスターさんと後片付けだ。
「ディルよ! 我かリリか選べ!」
「おにいちゃんにはわたしがいればいいの!」
「兄貴ィ! さっきの俺どうだった!?」
「ディルにい、アドバイスをお願い!」
俺は頭がパンクした。かつて何十人に一斉に話しかけられてもその全てを聴き、応えていたという聖人がいたらしいが、俺は凡人だ。四人でも難しいって。
賑やかで優しい時間が過ぎてゆく。今日もまた一日楽しかったな。
「ディル様、いつ戻ってくるんだろう……すんすん、ふわぁ、この服……好きな匂いだあ」
リリのようなことを平然と俺の部屋で実行しているディーちゃんのことを俺はまだ知ることはない。
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