第3話「初出勤 その2」
「そろそろ行くか」
三十分ほど休めたし、そろそろ一度レスターさんのところへ戻ろうと思う。
「あれ? ディルにい!」
「兄貴!」
「テオにギャランか。今日からよろしくな。これからレスターさんのところに行くからまたあとで!」
この男の子二人組はテオとギャラン。テオは俺と同じ人族で、ギャランは亜人族の狼人種だ。やんちゃ二人組で、特にテオについてはいつも擦り傷やら怪我をしてくるので俺の回復魔法(勉強中)を毎度のように受けている。ギャランは俺の防御魔法にどういうわけか憧れたらしく、“兄貴”と慕ってくれている。本人曰く『舎弟』らしい。
「レスターさんは……いないか」
「わぁ、ディルさん!」
「おお、ミレイちゃんか。今日もレスターさんのお手伝いかい?」
「はい!」
「本当に良い子だね〜」
ミレイちゃんはテオの幼馴染だ。この子たちは生まれの村が魔物の影響、スタンピードによって滅んでいる。
そんな苦境の中でも、テオは元気だし、ミレイちゃんは積極的にレスターさんの手伝いをしている。本当に良い子なのでついつい無意識に撫でてしまう。
「レスターさんは?」
「ディルさんが持ってきてくれたお肉を保管しに行ってます」
「なるほどね。おっけー」
このまま待っていればすぐに戻ってくるだろう。夕食はまさに今目の前でミレイちゃんが作っている。レスターさんの補助という形ではあるが。
俺は料理については全くできないので少しずつ勉強しないとならない。
「あぁ、ディル君。もう大丈夫なのかい?」
「はい。お気遣いありがとうございます。少し休めたのでもう大丈夫です」
「そうかそうか。夕食までもう少し時間がかかるから今日のところは他の子をみていてくれないかい?」
「わかりました!」
そんなわけで、料理の勉強は今後少しずつ行うことにしました。この孤児院はかなり自由度が高いので、誰がどこにいるかあまりわからない。
そのうちそういったことも感覚でわかるようになるのかな。ダメなら本格的に感知魔法の勉強をしないとならないかも。
「おにいちゃん見つけた!」
「リリか。ほら、おいで」
「うん!」
天狐族のリリは人懐っこい。俺が孤児院に通い出してから一番最初に懐いてくれた気がする。裏返せば警戒心が弱いため、それはそれで心配になる。
レスターさんは『こんなに甘えるリリは初めて見た』とのことだが、多分歳の少し離れた兄妹のような感覚なのだろう。
「おにちゃん、サリシャのこと抱っこした?」
「え?」
「だってサリシャの匂いするんだもん」
「ええ?」
「わたしのおにちゃんなのに!!!」
それと、少しばかりこの子は鼻が良い。天狐族だからかもしれないが、他の子と接したあとだとこのように『誰を抱っこした』みたいな感じで必ず言われる。しかも、間違ってない。
「すりすりー……すりすりー……」
で、マーキングするかのように顔やら頭やらを俺に擦り付けてくるのだ。懐かれているのはとても嬉しいし、無下にすることもできないから黙って受け入れている。
「ねえ、おにいちゃん」
「なんだい?」
「今日から一緒に寝てもいい?」
「……うーん、それは難しいかもね?」
なかなかグイグイくるね、リリは。ただ、一緒に寝るだとかはレスターさんにも確認しないとならないな。贔屓するわけにもいかないし、教育方針の問題もある。
「おにちゃんはわたしのこと嫌なの?」
「もちろん、そんなことはないよ。リリのことは大好きだ」
「んー! そうだよね! そうだよね!」
『嫌なの?』と『んー!』のときのリリの目が少し怖かったりする。ハイライトが消えるんだよね、比喩表現でなく本当に。
「じゃあ、わたしはサリシャのところいってくるね!」
「うん? わかったよ」
何も起きないよね? 普通に遊ぶだけだよね? ちょっぴり不安に駆られる。結果としては何事もなかったので、単なる杞憂で済んだことにはホッとした。
「本当にみんな自由だなあ」
「ミィも自由だよおー」
「おお!? ミィちゃんか。びっくりした」
「ディルにーちゃん、ミィのことも抱っこー」
リリのことを抱っこしていたのを見ていたのだろうか。
「わかったよ。おいで」
「やったー」
ミィちゃんはおっとりしている感じだが、抱っこのときは良い勢いで飛びついてくる。こういうとき、王国騎士団で鍛えていて良かったと思うよ。受け止められないで倒れるなんて恥ずかしいからね。
「お外いきたーい」
「わかったよ」
外はすでに陽が沈んでいるが、まだほんのりと明るさが残っている。国境の先に広がる広大な草原を見ると、今日から俺はここで働くのだなと改めて実感する。
ちなみに隣国との関係性は非常に良好であり、多少国境またいで走り回っても何も言われないだろう。
天気の良い日は鬼ごっことかするのも面白いかもな。
「ねぇ、ディルにーちゃん」
「どうしたんだい?」
「なんで、ここに来てくれたの?」
「あぁ……それはね」
最初は妹の姿とみんなが重なったことが大きいけど、この話をする必要は全くないだろう。それに今は……。
「みんなを幸せにしたいからかな?」
「なら、ミィのことも?」
「もちろんだよ」
「やったぁ! リリに自慢してくる!」
「んんん? いってらっしゃい」
何を自慢するのかはわからないが、にこにこで走り去ってしまった。
そういえば、夕食の準備もそろそろ良い頃合いだろうか。一度レスターさんとミレイちゃんのところに戻るとするか。
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