第9話 快気祝いと言う名の

目の前のテーブルには様々な料理が並ぶ。

一品ずつを提供する食事もあるが、ここタージレット領では出来上がった料理は全て大皿で出され、執事が量を聞いて取り分ける方法だ。

街の宿場でも同様に出来上がっている料理を客が注文して取り分ける為、人気の料理はあっという間になくなってしまう。

以前、街に来た時に人気商品が既に無いというのがあったことをビンクは思い出していた。


「この魚料理は何が使われておるのだろうか?」

「こちらはウエスポンから取り寄せた海の魚を使った料理ですが、この屋敷自慢の釜にてじっくりと焼き上げました。調味料はランカンと地場野菜のソースとなります」

「ほぉ、ではこちらの肉料理は?」

「こちらは領内で飼育している豚を使った料理で、肉を細かくし、腸詰にしたものを焼いて、こちらの特製の塩で食べていただきます」

「どちらもいただこうかの」


快気祝い、席には4人、ただ4人には多い料理がテーブルに置かれていく様を見て、ビンクは居ても立っても居られずに席を立ち、各料理について執事に尋ねていた。


「ビンク殿の快気祝いですからお好きなだけ食べていただいて大丈夫ですよ」


ボルオットは苦笑しながらそう伝えるが、ビンクはほぼ5日ぶりのちゃんとした食事ということもあり、自身の内側から来る欲求を抑えられずにいた。


「年甲斐もなく、はしたない姿を見せてしまって申し訳ない。所狭しとタージレットがテーブルに乗っているように見えてしまっての」


その言葉でテーブルに座っていたタージレット家の3兄弟の表情が変わる。

ビンクはそのことには触れず、席に戻ると執事が取り分けた料理を持ってきた。


「魚、肉の前に前菜として朝採れの野菜に手製ドレッシングをかけたものがありますので是非ご賞味ください」

「確かに、いきなりガツガツ食べるのも腹には優しくないからの、ありがたい。では」


そう言うとビンクはドレッシングがかかっている野菜を口の中に入れる。


「シャキシャキとした食感とさっぱりしたドレッシングが絶妙に合う。このドレッシングはセボージか、こんな使い方があるとは知らなんだ。いくらでも食べられてしまうな」


執事はニコニコとしながら「では続いて魚、肉の順番で是非」と言い残してテーブルの脇に下がる。

ビンクは頷くと野菜の皿を食べ終わってから言われた通り、魚、肉の順番に手を出す。


「うむ、これは美味い。魚の身は柔らかく、それでいて弾力が残っておる。そしてこのソースがまた絶品だ。ランカンの香りと共に野菜の濃厚な甘みが素晴らしく良く絡む」

「ありがとうございます」

「おぉ、この腸詰の張りのすごさ、肉汁が溢れてきおる。それにこの塩、ピイムをほのかに感じるのと、うぅむ、野菜の旨味が凝縮されているような気がするが」

「流石でございます。塩にはピイムの皮を少量と、野菜を乾燥させ砕いたものを混ぜております」

「言われた通り、確かにこの順番でなくては魚の味わいが腸詰の油でわからなくなるところでしたな、ご助言感謝致す」

「差し出がましいお願いでしたがお聞き入れいただき幸いでございます」


執事とのやり取りをしつつ舌鼓を打つビンク、それを見ながら3人も食事をするが空気は重い。

3人ともビンクと同じものを食べているが味についての言葉はほぼ発していない。

食べ慣れているのか、この場の面子によるものか、まぁ、後者だろうな、と心の中でビンクは思う。

食事を続け続けながらも切り出し方を悩んでいるとデザート、食後のお茶を出され、執事たちが退室した。

ここしかないか、とビンクは立ち上がり声をかけた。


「遅くなりましたがこの度は命を救っていただいた上に、快気祝いまでしていただき、誠にありがとうございます。ゼイーエント殿、ボルオット殿、ラーフェルト殿、感謝してもしきれませんが、私に出来ることなら何なりと言って下され」


そう言うとラーフェルトが声を出す。


「ビンク様、当然のことでございます故、それにビンク様にお願いするようなことは」

「ラーフェルト」


ゼイーエントはラーフェルトの名を呼び、言葉を切らせるとそのまま立ち上がる。

長兄のゼイーエント・タージレットにはこの部屋に入り、顔を合わせた際に久方ぶりとの挨拶を交わしたが最初から表情が暗かったのはこの長兄だった。

そのゼイーエントが口を開く。


「ビンク殿、再びタージレットを助けてください」


そう言うとゼイーエントは頭を下げた。

次期領主であり、次期侯爵が一介の男爵に頭を下げる等、通常あってはならない。

このゼイーエントの表情は今までも見たことがあるが、追い詰められた者の顔だ。

ビンクは想像以上のことがあるだろうと覚悟を決め、ゼイーエントに近づくと肩に手を置く。


「ゼイーエント殿、何があったかお聞きしてもよいだろうか」

「ありがとうございます、ビンク殿だからこそお話ししますがこれから話すことはタージレットの恥部となりますので、ご他言は無用にてお願い致します」

「兄上、ちょっと待ってください」

「そうですよ、ゼイーエント兄さん、いきなり過ぎます」

「お二人とも、落ち着かれよ。長兄のゼイーエント殿が頭を下げてまで伝えたいことがあるのなら突然だろうが、時間を作ろうがちゃんと聞かせていただくよ」

「・・・」

「・・・」

「感謝します」


ボルオットとラーフェルトが無言で引き下がるのを見て、ビンクはこの3兄弟もまた話の切り出し方に悩んでいたことを理解した。

ゼイーエントの話によると、父であるシエルストが10年ほど前から体調を崩し、薬や祈祷で維持はしているがいつ亡くなるかもわからない状況と言うこと、そして気づいたら家臣団がこの3兄弟それぞれの派閥を作ってしまったとのこと。

ゼイーエント派とボルオット派はまだわかるが、ラーフェルトは領内の政治にも関与しておらず、騎士団長と言う役職からも領主として擁立するには難しいとは思うのだが民衆からの支持が一番厚いとのこと。


「それに、ビンク殿の快気祝いで3人が集まっておりますが、全員が集まるのも随分久しぶりです」


ボルオットが言うには各派閥で王都を含め他領との外交、領内の巡回などの業務の割り振いを決めており、3人で揃うことが一時期からほぼなくなったとのことだった。

それぞれがそれぞれを慕ってくれる者たちを大切にしてしまった結果なのだろうが、それが悪いこととは思えない。

ただ、話を聞いていてビンクは一つ思うところがあったので尋ねてみてみることにした。


「そうか、確かにシエルスト侯爵はお見掛けしておらなんだが、会合や式には宰相殿や長兄のゼイーエント殿が顔を出されていたからな。そして3人とも、それぞれの役割をきちんと全うしていることは今の話でわかったが、今はアーイスト王国の一領とは言え、元は一国だったのだ。各派閥があるとはいえ、宰相殿は現状をどうお考えなのだろうか」

「それが、宰相のジャナク様はお忙しいということで」


ラーフェルトがそう答えるとゼイーエントとボルオットも静かに頷く。

領主の親族が様を付ける宰相か、ビンクは違和感を覚えた。


タージレット領、元は国だがアーイストの属国となり、その後属領となった。

それも一度も戦がなく、属領となってからは爵位となるが王族とは友好的なまま、領民を一番に考えるタージレット家の考え方が現れた経緯を持っている。


ビンクが覚えた違和感だが、3兄弟が話し合った上で意図的に作るものであれば別だが、現状を考えると宰相と言う役である以上、怠慢ではないかと感じた。

現当主が10年前に寝たきりなったということは3人とも20代、そこから継続しているとなると、この3人には現状を俯瞰してみるだけの時間も余裕も与えられていないか、気づいたらこうなっていたのだろう。

ジャナク側に立って考えたいが情報がないことに気づいたビンクは宰相について尋ねることにした。


「ジャナク殿についてちょっと聞きたいのだが」


そう切り出すと3兄弟に宰相と領内のことを更に詳しく聞き始めた。

食後のティータイムにしては重い話題だが、3人が協力してビンクに話している様子を見て、執事たちは笑顔でおかわりを注ぐのだった。

話の内容として、領主であるシエルストが体調を崩してから宰相のジャナクが前面に出るようになった。

それは役職上、当然のことだが、そこから3人それぞれに家臣団が割り振られた。

業務は回るようになったが3人で会う回数は激減していく。

王都や先日のポールド伯の葬儀、その他外交にはジャナクかゼイーエントが顔を出し、財務はボルオット、領内の見回りはラーフェルトが主に対応することになったとのこと。

ゼイーエントが自身とジャナクが顔を出す領や国、ボルオットが財務における内容、ラーフェルトは領内の話をする中で、ジャナクが自身の子を連れ、必ず向かう国、そして財政の中で気になる金の流れがあることが伝えられた。

ゼイーエントとボルオット、2人ともがそれぞれジャナクから個別に父の代から任を受けていたと説明をされていたようだ。

長い間父親を支えてきた宰相、その言葉を疑える20代はいないだろう。

ただ、証拠は今のところないが、最悪のことを考えるとアーイスト王国に大きな亀裂が入る可能性がある。

そしてそれを裏付けるかのように一時期からその特定の国への訪問頻度と費用が上がっているのがわかってしまった。

一通り、3人の説明が終わる頃、ゼイーエントとボルオットは顔を青くさせ、ラーフェルトだけ震えながら俯いていた。


「3人とも説明いただき、ありがとう。そして3人がそれぞれの話をしていく中で違和感に気づいたようだの」

「はい、まだ確たる証拠はないので、口に出すのは憚られますが」

「そう、ですね。それにしてもまさか」


ゼイーエント、ボルオットが肩を落とす中、ラーフェルトが声を荒げる。


「私はともかく、兄さんたちを裏切るとは、許せません!タージレット家、ひいては王国を混乱させるであろう罪で切ってまいります」


そう言って立ち上がったラーフェルトを2人はなだめるが、騎士団長の任を受けるほど逞しくなったラーフェルトを止められることはできない。

ラーフェルトが2人を振り切って、扉に向かうところでビンクが口を開く。


「フェルト、切って解決する問題ではない。それに切ったとして更に悪化するのは其方が一番考えているタージレット家、そしてこの領になる」


ビンクはラーフェルトに対して強い口調だが理解させるように声をかける。


「ビ、ビンク様、くぅ」


ラーフェルトはそのまま涙を流し、膝から崩れ落ちる。

頭ではわかっているだろうが、寝たきりの父、そして尊敬する2人の兄を裏切る行為が行われていたことを考えると身体が先に動いてしまったのだろう。

涙を流す末弟に駆け寄る兄2人、父の代から使える宰相を信じ、懸命に領のことを考え、家臣のことを想い、民を大切にしたこの3人を引き離すよう画策するとは、人外の所業ではないか。


「儂も少し手配してみよう」

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ビンク・ラブラックの旅 ぺらしま @kazu0327

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