第6話 ワーダーの眼

その鳥は考えていた。

あの獲物を狩ることができなかった。

この爪と同等のモノをあの獲物は持っているのか。

あの獲物を狩ることが出来れば、あの魔獣を殺すことができるかもしれない。

その鳥は自慢の爪を弾いたビンクを監視し続けていた。


ビンクは村を出て、丘から見えた道をニアリサスと共に進んでいた。

悠々自適の旅として出発したが目的地は決めている。

目指すは大聖国シィ・メス、そこにある霊樹シアースに向かう。

ラブラック家の養子となってからだが、先代のメイク、そして仕えていたポールドが霊樹シアースと大地の神ナーラを信仰していたからだ。

幾度の死線を越え、仲間を見送り続ける度にその信仰は強くなり、メイクもポールドも亡くなった時にその息吹を感じたのが何より大きい。

そして2人ともいつかは見に行きたいと常々話していたのも記憶している。


「メイク様は儂がいなければとっくに旅立っていたかもしれんな。ポールド様にも声をかけるだろう、そしてポールド様はすぐに家督を譲って一緒に」


ビンクは2人が笑い合いながら城壁から旅立つ姿を想像する。

自然と笑顔になるのを隠しもせず、空を見上げる。

ニアリサスもその気持ちに同調したかのように、リズミカルに蹄を鳴らす。


「お前も楽しみか、ニアリサス」


ニアリサスの頭を撫でながら、ビンクは考えていた。

この旅がどれだけの長旅になるか、そもそも死出の旅として館を出たのだ。

いつ命を落としても仕方がないとは思っているが、ただ、それでも明確な目的があるというのがこれほど人生を豊かにするものなのか。

勿論今までの人生が豊かではなかったということではないが、年を経た今だから感じているのかビンク自身もわからなかった。

目的とはまた違うが騎士になる際に、ビンクはポールドに対して騎士の誓いを立てた。

それはメイクの養子であり、ラブラック家の家督を継ぐものとして当然だ。

騎士になるのが目標として、達成された後はポールドの言われたことを実行するのが目的となり、理想の騎士を目標とした。

そしてその目標が達成されることはないだろう。

ビンクの騎士の誓いはポールドに捧げたが、レイネン伯には誓いを立てていないのだ。

そして騎士の誓いを立てたポールドは既にこの世にはいない。

メイクの葬儀が終わり、ポールドがラブラック家の執務室に来た時にも聞かれたな、とビンクは思い出す。


『ビンクよ、メイクはシアースの種子となり、ナーラに還った。もう縛るものはないのだぞ?』

『何を仰います、私の誓いはポールド様に捧げております故』

『まったく、メイクと同じことを言うのだな』

ポールドは笑うとビンクに視線を戻す。

『メイクと同じ、であれば同じことを伝えよう』

『はっ、何なりと』

『土となり、天にそびえる大樹となれ、だが来る時に貴様が持つその翼で飛び立つのだぞ』

ビンクが呆然としているとポールドは再度笑う。

『その顔もメイクと一緒だな』

『い、いえ、すみません。どういった意味でしょうか?』

『ふむ、メイクと同じ道を進むのであれば、いずれわかるだろう』

『は、はっ!精進致します』

『血は繋がっていなくとも、これほど似る親子があるのだな』

そう言ってポールドは優しく微笑んだ。


今だからわかる。

メイクの遺言とポールドの言葉が。

ビンクは空を見上げたまま、霊樹シアースと大地の神ナーラに祈るのだった。


村を立ってから2日が経った。

野宿も慣れたものだが、そろそろベッドで眠りたいと思いつつ、ビンクはたき火に枯れ木をくべる。

森と言うにはそれほど鬱蒼としていない樹々に囲まれ、ビンクは一日を終えようとしていた。


「まもなくタージレット領か、あそこのランカンが楽しみの一つじゃな」


明日以降で訪れる予定地に思いを馳せていると、ふと、気温が下がるような、背筋が沸き立つような感覚に襲われる。

それと同時にニアリサスがビンクに近づき、服を噛む。

ビンクはニアリサスの頬を撫で、落ち着かせると立てかけていた剣を掴み、たき火の先にある茂みに目を向ける。

そのまま剣を構えながら、ニアリサスや荷物から離れる。

何かに意識を向けられているが、その何かがニアリサスではなく、自分にだけ意識を向けられればそれでいい。

ビンクは剣先を茂みに向けたまま、意識を集中させる。

陽が傾き始め、まもなく闇に覆われる。

夜になれば襲われた際に圧倒的に不利になる。


「はぁ!!」


ビンクは声をあげた。

夜になるまでこのまま待つほど悠長でもない、それにいつ襲われるかわからないという緊張は精神力と体力を削られるだけだ。

それであればこちらから威嚇するのもありだろう。

そしてビンクのこの威嚇は見事にあたる。


「グルルル」


それはのっそりと茂みから現れた。


「魔獣、か」


狼の姿をしているが目が赤黒く、身体も一回り大きい。

魔獣、どのように生まれているのか生態は不明だが、獣の姿かたちをして、基本的に単独で動き、獣や人を殺している害獣だ。

腹が減ったから狩るだけではなく、赴くままに破壊をする。

レイネン伯直下の騎士隊における最優先討伐対象だ。

そして相手によっては戦争や反乱分子の掃討よりも騎士隊の人死にが多いのも魔獣だった。


「まさか、こんなところで会うとは」


数は少なく、辺境であったレイネン領でも半年に1~2匹程度。

それも騎士隊全員で討伐にあたるのだ。

ビンクは剣を構える。


「この魔獣を野放しにはできんな」


魔獣は唸りながらたき火を避け、ニアリサスには意識を向けず、ビンクにゆっくりと近づいてくる。

個体差はあるが、魔獣だとわかるものが一つある。

それが目だ。

赤黒く濁っている両目、そして額にある血のように赤い第三の目。

ビンクはその3つの目を見ながら、間合いを読む。


「枯れ果てるのみだが、お前の命の対価にはなるだろう」


牙を剥き出し、飛び掛かる魔獣。

普通の狼より一回り大きいその身体から考えられない跳躍力を持つ、ビンクはその下に滑り込み、腹部分を剣で斬る。

魔獣は避けられ、傷をつけられたことに怒りを覚えたのか、より凶悪な表情となる。


「薄皮程度だろうな」


魔獣の体毛、皮は硬く、剣で戦う場合は腰を入れて大上段で振り下ろすか、突き刺すかの二択だ。


「さて、どうするか」


独りで向き合うには強すぎる相手だ。

ビンクは自らを引き換えに、相手の勢いを利用して剣を刺す方法しか思いつかなかった。

深く息を吸い込むとゆっくりと吐き出す。

一呼吸で覚悟は決まった。


「よし、来い」


先ほどよりも張り詰めた空気。

魔獣は一度避けられているから跳躍はない、突進だろう。

ニアリサスが嘶く、魔獣がチラリとニアリサスに意識を向ける。

その一瞬の隙があったおかげでビンクは剣を水平に構えると、両足を前後に広げ、大地に根を張るように固定する。

そのタイミングで魔獣が向き直り、突進してくる。


「ピィィ」


甲高い声が聞こえると同時に視界に何かが飛び込んできたが、そのままビンクは腕を伸ばし、剣を向ける。

腕に鈍く、重い衝撃が走るのを感じた。

魔獣の顔が目の前に見える、そしてその大きく開いた口には右手と剣が深々と刺さっていた。

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