第4話 村へ入るには

レイネン領外の村。

ここは遠征の際に見かけた村だった。

基本的に遠征中はどこかの領に属した村か街、砦などを拠点として駐留することになるので、どこにも属さない村は通り過ぎるだけになる。

属さないと言うことは国や領の規則もなければ税もない、自由ではあるが、その反面、庇護もない。

この辺境で庇護がなく、どのように生活をしているのか。

そんなことを考えながら村の入口に向かう。


「この村に宿はあるかの」


ビンクは村の入口に立っている青年に声を掛けた。

青年は錆びた槍を右手で持ち、小さいながらも木の盾を左手につけている。


「なんだ、じいさん、この村に宿なんかないよ。村長に聞いてくれと言いたいがここを通す訳にはいかない」

「そうか、通してくれるにはどうしたらいいかの」


青年は顎に手をやり、悩んだそぶりを見せる。


「そうだなぁ、何か交換できるものがあればいいんだけど」

「なるほど、金ではなく、物と言うことか」

「そうそう、金なんかあっても使えないし」


ビンクはその言葉にうんうんと頷いてはいるが内心は驚きを隠せないでいた。

領の庇護が無いとは言え、レイネン領からそれほど遠くない場所で通貨が流通していない。

今までも物々交換で対応する村は見たことはあるが、貨幣自体は有事の際に傭兵を雇う費用や旅商人とのやり取りで発生する可能性があるのでここまでの拒否反応は受けたことがなかった。

はたしてこれが村長や村の重役だったらどうなのか。

ただ、それほど大きくない村で門番という村の守り手の職務を受けている青年にはそういった事情は、普通は伝えるだろう。

どうやって生活をしているのか、持っている槍や服はどのように仕入れているのか。

そんなことを考えていると青年がビンクを品定めするような眼で見ているのに気づいた。


「じいさんの皮鎧とか剣、年を取ってるがその馬でもいいんだぜ」

「ははは、これがないと儂はただの爺になるの。別の獲物を探してくるわい」


ビンクはニアリサスに跨るとそのまま青年に背を向け、村を後にする。


「物々交換か、さて、どうするかの」


村の近くには比較的大きめの森があったので、森に入り、動物を狩るのが一番だろうが一人で狩れるものは大きさも量も限られる。

川に戻り、魚を釣ったところでどの程度のものか。

長旅用に調達した調味料や貴重な日持ちする食材たちを対価にするには勿体ない気がする。

皮鎧や剣、ニアリサスと交換なんぞ、もってのほかだ。


「ふーむ」


ニアリサスに乗り、常足のまま、考える。

森の中には食材と思われる木の実や小さいながらも獣がいるのは確認できた。

しばらくそのまま進むと森を抜け、先に丘が見え始める。



「気ままな旅の醍醐味か」


ビンクはそのまま丘に向かうことにした。

丘からはこれから進むであろう道筋が一望出来た。

改めて旅に出ていることを実感する。


「うむ、いい景色だ。それに色々考えても始まらんな、このまま村に戻る道中で見つけたものを持っていくか」


ピィー。

その時、上空から甲高い声が聞こえた。

ビンクは顔を上げ、声の鳴る方を見上げると大きく羽を延ばし、泳ぐように空を飛ぶ鳥が見えた。


「おぉ、あれはワーダーか、えらい上空にいるの」


獲物を探しているのか、円を描くようにゆっくりと飛んでいる。

するとビンクの言葉が聞こえているかのように、高度を下げ始めた。


「おっと、獲物が近くにいるのか、横取りする相手のように見られたら困るの」


キョロキョロと周りを見渡すがあたりにはワーダーの獲物になりそうな生き物は見当たらない。

周りを見るには申し分ない場所、ニアリサスに乗っている上に、丘にいるのだ。

そこでビンクは気づいた。


「む、もしや、わ、儂か」


ピィーー!

そうだと言わんばかりに甲高い声を出すワーダー。

音の鳴る方に顔を向けると、こちらに突進してくる姿を視界に捉えた。

投擲武器など、比較にならない速さの物体がまっすぐ向かってこようとしているのが見えた。

ビンクは馬から降りると咄嗟に剣を抜き、身体を隠すように構える。


ガキィン!


衝撃と同時に金属音が鳴るのと同時に尻もちをつきそうになる。

防がれるとは思わなかったのだろう、最初に見たほどではないが上空に戻っていった。


「なんちゅう早さじゃ」


ワーダーは獲物を狩る場合、爪を使う。

先ほどの金属音も高速で飛んできたワーダーの爪が剣に当たった音だろう。

左手の小盾では爪に引っかかった際にそのまま持ち上げられた可能性がある。

咄嗟の判断とは言え、剣を構えて正解だった。

そして剣から伝わる衝撃、手の痺れ、ビンクの脳裏には戦場や魔獣との闘いの記憶が蘇った。

受け流しが出来なかったのもあるが、その記憶の中でもあれだけの衝撃を受けたことは数度あったかないか。

ビンクはニアリサスに急いで跨ると、改めて空中で円を描いているワーダーを一瞥したあと、手綱を操り、再度森に入った。


森に入ったビンクは村に戻る道中で、運よく見つけたアルナルナプを2羽、狩ることに成功した。

アルナルナプは耳が長く、警戒心が強い動物だが、ワーダーとの邂逅の影響か、ビンク自体も気配に敏感になっていたことが功を奏した。


「それにしてもでかいワーダーだった」


ビンクは自然と呟いていた。

アルナルナプを仕留め、村に向かっているところで先ほどのワーダーを思い出す。

ビンクが今まで見かけたことがあるワーダーの中でも群を抜いて大きかった。

だが馬に乗っている状態の人間、それを獲物として狙うにはちょうどいい大きさとも言える。

森を抜け、村が見えてくる頃、不意にビンクは何かの気配を感じ、背後にある森に目を向ける。

今通ってきた道は獣道だが、動物の気配はない。


「うむ、なにやら視線を感じるの」


思うところはあるが、特段影響がなければ気にしたところで仕方がない。

ビンクは村に向かい、青年と話す。

青年は2羽のアルナルナプを見ると、爺さんやるじゃないか!と一言発し、そのまま村へ通すのだった。

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