第3話 ジェマのサーレ焼き
その日は気持ちのいい朝焼けが見えた。
空気が澄んでおり、どこまでも抜けるような空から顔を出す輝かしい太陽。
ビンクは旅立ちの準備をして、館を出る。
ジョゼフとミラが見送りの際に涙を流してくれた。
街から出る為に馬を引きながら、城壁に向かう。
まだ動き出す前の静かな街だ、石畳を歩く蹄の音が心地良く響く。
城壁に近づくと、ケインを筆頭に騎士隊の隊員12名全員が揃っていた。
「本日とお聞きしたので」
ケインはそう言うと隊員を一列に並べる。
「やれやれ、時間までは伝えてなかったはずだが、いつからここにおる」
「朝からです!隊長!」
隊員の一人がビンクの独り言のような呟きに笑顔で答える。
隊の中でもムードメーカーとして活躍している男だ。
「隊長はケインだろうに、儂はもうただの男だよ、あ、男爵ではあるかな」
ビンクはそうおどけた様に答える。
「いえ!ラブラック隊長であります!」
敬礼をしながらそう答えたのは隊でも一番の感動屋の男だ。
既に涙が流れている。
「隊長、皆でお見送りをさせていただきます」
ケインがそう言うと全員が抜刀して宙に剣を向ける。
この騎士隊が発足した時からのルール、戦地や討伐に向かう際に全員が全員に祈りを捧げる。
捧げる祈りは大地のナーラであり、霊樹シアースであり、火のアバラであり、風のソエス・シエスであり、人により様々だ。
ただただ、全員が生き残って無事に帰ることを祈る。
常に最前線にいる為、隊の入れ替わりは激しいが、それだけ絆は深くなる。
ビンクを先頭に騎士隊が城壁を出ると、抜刀のまま、1人が声を出す。
「ラブラック隊長のご武運、良き旅になるよう蒼月のヨトヌ・シルに祈願致します」
場がざわつき、声を出した男を全員で見る。
この騎士隊の中に神職の血統にも係わらず、騎士職に進んだ男がいた。
二つの月、通常の月ヨトヌと約90日周期で訪れる蒼月ヨトヌ・シル。
ヨトヌ・シルに祈願できるのは神職の者のみとなっている。
「ありがたく、その祈りを頂戴する」
ビンクはその男に近づくと、肩に手を置いて、そう伝える。
静かに涙を流す神職の騎士。
騎士の訓練と並行して神職の許可を貰うにはかなりの労力が必要なのはその場の全員がわかることだった。
「ありがとう、皆に出会えてよかった」
馬に跨ると騎士隊に向け、ビンクは言葉をかけた。
そのまま手綱を持ち、街に背を向けると馬が歩き出す。
騎士隊はビンクが見えなくなるまで、剣を掲げていた。
ビンクは目線を前に向け、馬が自然と歩む速度で進む。
一度も振り返ることはしなかった。
振り返れば更に心が揺れてしまう気がしたからだ。
帰る家として、預かると申し出てくれた使用人たち。
今でも隊長と呼んでくれる部下たち。
挨拶をして回る中でも引き留められることの方が多かった。
ただ、これからは自分の為に生きると決めたのだ。
振り返ることはしないと心に決めていた。
数時間ほど走らせると、馬の休憩も兼ねて川沿いでビンクは昼にすることにした。
荷物を降ろしながら、馬の背中をさする。
「メイク様から騎士隊に入る時にいただいたから35年か、ニアリサスよ、よく共に歩んでくれたなぁ」
そう呟くとニアリサスは軽く嘶くように首を上げた後、ビンクにすり寄る。
「そうかそうか、これからは前のような生活とはいかないだろうが気ままな旅に付き合っておくれ、儂の我が儘だ」
ニアリサスには野菜と果物を少し、あとは生えている野草を食べるだろう。
ビンクは川を暫く見てから、近くの樹から落ちている枝を2本拾ってきた。
枝は長めのものと短いもの、短い枝を手にするとナイフを手にし、小指の半分程度の長さにし、両側を尖らせ、釣り針とした。
その出来栄えに笑顔になると、馬から降ろした袋から紐を取り出し、長い枝と釣り針を繋げ、川に針先を落とすとそのまま近くの石に座り込んだ。
「何も考えずに釣りができる日が来るとはなぁ」
枝を手にして、空を感じ、水を見て、近くには愛馬がいる。
それだけしかないが、それだけのものが傍にあるだけで満たされている。
今、一瞬のことかもしれないがビンクは笑顔で川を眺める。
すると持っている枝が揺れ、川に引き込まれる。
タイミングを見計らい、枝を持ち上げると、全体的に黒色の斑点のある魚が釣れた。
「これはいい大きさのシェマじゃ」
シェマ、レイネン領では一般的に釣れる川魚だからこそ、ビンクは調理法も熟知している。
と言っても台所のない川沿いであればサーレ(塩)焼き一択だろう。
ビンクは釣れたシェマをすぐに締めると竿として使った長い枝を割き、串にして塩を振ったシェマを刺し、たき火の準備をして、火にあてる。
焼きあがるまでの間、付近を物色しているとお目当てのものが見つかった。
「よかった、シェマにはこれが合う」
ビンクが手に持って戻ったのはピイム、柑橘系だが特に酸味が強い果実でそのまま食べることはないが少量の果汁を絞るだけで香りが華やかになり、味も変わる。
「一度でいいからサーレ(塩)を大量に振って食べてみたいわい」
レイネン領では何品か貴重な調味料があるが、サーレ(塩)はその貴重な品の一つだ。
勿論、手に入らないものと言うほどではないが、数ある調味料の中でも入荷が少なく、価格も高い。
旅のお供として必須なので、少なくない量をビンクは持っていたが、節約するに越したことはない。
「よし、そろそろ焼けた頃合いか」
シェマの皮がふつふつと焼けているのがわかる。
部分的に焦げ目が出来て、あたりには香ばしい匂いが立ち込める。
川沿いに荷物を降ろして一時間、ようやく食べられると広角を上げたビンクは串を手にする。
一口食べると魚本来の甘さが少量の塩でより引き立てられていた。
皮はパリパリと音を鳴らしながら香ばしさが口内に広がり、鼻腔より抜ける。
身はふんわりとした食感を歯に、舌に残した。
「おぉ、これは」
そのままビンクは一口、二口と食べ進める。
普通なら気になる小骨も焼き加減がうまかったのか、アクセントとして小気味良く噛み切れる。
追加でサーレをかけ、ビイムを絞り、酸味を追加し、あっという間に完食した。
「ふー、うまかった」
一食目としては上々の一品だろう。
ビンクは再度、笑顔になった。
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