第3話 雨の街を

あの日は雨だった。


あの人に手を引かれて、俺は古ぼけた建物の門の前にいた。

そして、建物からおばさんとお姉さんが出てきてソファーのある部屋に入ったんだ。

あとから知ったけど、応接室だったんだな。

そこで、これもあとから知ったけど園長先生だったんだな。

それと丸谷先生。

俺は子供だったけど、あの人との別れなんだなってわかってた。

泣いたって駄々こねたってダメなんだって。

泣いてたのはあの人。

ハンカチで、そう、この目の前にあるハンカチで涙を拭いてたんだった。

あぁ、俺、あん時、ハンカチであの人の涙を

吸い取ってやったんだった。

そのまま俺が握ってたから、このハンカチがここに残ってたんだな。


古ぼけた白黒の写真。

丸谷先生が突然言い出したんだ。

「ふたりで一緒のところを一枚いかがですか?」って。

丸谷先生の思いやりだったのかもしれんな。


この絵。

毎日、建物の門のところで、ただ立ってた俺に

丸谷先生が言ったんだ。

「ねぇ、絵を描いてみない?

なんでもいいの。

みんなと一緒が嫌ならね、先生とふたりで

やらない?

色鉛筆?クレヨン?何がいいかな?」



その時の丸谷先生の笑顔が優し過ぎて、

断れなかったんだよな。

先生と二人きりで、先生は甘いココアを

作ってくれたんだ。


「先生はここで仕事してるからね、

何でもいいよ。まるまるまるまるーーってのも

ときときときーでも、ぐちゃぐちゃに書いても。なぁーんでもいいのよ。」


俺、クレヨンにしたんだ。

あの人を描いたんだ。

雨の日のあの人。

白いワンピース。黒くて艶艶の長い髪。ハイヒール。

そして、赤い傘とコスモス。


描いてる時は何にも考え無いで済んだ。


丸谷先生が絵の裏には、名前を書いておいてねと言ったんだ。

俺は自分の名前を書いた。

急に不安になったんだ。

俺、ひとりなのかって。

違う、絶対にひとりじゃない。

思わず、あの人の名前と誕生日も書いた。


丸谷先生は、それを見て、俺の頭を撫でてくれた。ずっと。








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