第4話 虚勢
その日の夜中をさらにすぎた時間。
出だしから番狂わせが発生し、最後に大番狂わせが起こったものの、その後はいつも通りの手順でオークションは滞り無く終了した。
(イテ――っ! イテっ! イテ――ッ!)
サウンドブロックは表面上は平静を装いながら、身体を貫く激痛に耐えていた。
痛みは治まるどころか、どんどん強くなっていく。
全身がじんじんと痛んだ。
(あの剛力クッソじじいっ! 思いっきり、叩きやがってっ! 俺を殺す気か?)
サウンドブロックは心のなかだけで、ベテランオークショニアを激しく罵る。思いつく限りの罵詈雑言を並び立てる。
「ガベル……お疲れさん」
「お疲れさま……サウンドブロック」
見習いのオークショニアに丁寧に、丁寧に蜜蝋で磨かれ、絹で拭き取られ、自分たちが保管される専用の箱にしまわれたときは、すでに日付が変わっていた。
収納箱に先に収まっていたガベルは、後から入ってきたサウンドブロックに、安堵の笑みを向ける。
いつもよりもメンテナンスに時間がかかった相棒を心配しながら待っていたのだろう。
傷口が痛んで、言葉を交わすのも辛いが、ガベルに余計な気遣いをさせるわけにはいかない。
(こ、こんな痛みに……負けてたまるか!)
サウンドブロックは己自身を鼓舞する。
身ぎれいになったふたりはニヤリと笑みを交わす。
もちろん、サウンドブロックの笑みは激痛のためにひきつっていたが、ガベルは全く気づいていない。
痛いとサウンドブロックがひとたび口にだせば、優しい相棒は朝まで心配するだろう。
欠けた傷口を見たら、卒倒するかもしれない。
そして、自分のせいで大事な相棒が負傷してしまったと、ガベルは己を責め続けるに違いない。
そんなことは絶対にさせない。
ガベルとサウンドブロックは、いつものように互いの仕事を労いあう。メンテナンス後の、お決まりのやりとりだ。
今日は本当に疲れた。
激務だった。
激痛の日だった。
今日……いや、もう日付が変わってしまったので昨日の出来事なのだが……互いに協力しあい、なんとかあのグダグダなオークションを終了させることができた。
「あのさ……傷は大丈夫か? 痛めつけて悪かったな……いつもオマエを傷つけないように……その……気をつけてやっているつもりなんだが、今回は……オレもちょっと、熱くなりすぎた……。すまん!」
ガベルの謝罪に、サウンドブロックは必死に笑顔を取り繕う。
ここは、己の頑強さを相棒にアピールする絶好のチャンスだ。
サウンドブロックはガベルに気づかれないように、そっと身じろぎする。
ベテランオークショニアが叩き損じたときに、少しだけだが端が欠けてしまったのだが、ガベルに見つからないように傷を隠す。
手入れをしてくれている見習いオークショニアは、すぐにサウンドブロックの異変に気づいてくれた。
端が欠け、木の繊維がむき出しになり、ささくれだった『傷口』を、見習いオークショニアは、痛ましげな表情でそっと撫でる。
失敗続きで怒られてばかりの見習いオークショニアだが、サウンドブロックの身になにが起こったのかすぐに悟ってくれた。
メンテナンス中のサウンドブロックをテーブルの上にいったん戻すと、見習いオークショニアは、オークション会場へと急いで向かう。
見習いオークショニアは、薄暗いオークション会場の中で、オークショニアが使用していた演台やその周辺を探し、サウンドブロックの欠片を見つけ出したのである。
欠片をハンカチの中に包むと、見習いオークショニアはサウンドブロックを磨き上げ、ガベルが待っている収納箱へと片付ける。
見習いオークショニアはサウンドブロックが『負傷』したことに気づいてくれた。
ザルダーズと懇意にしている修復師はとても優秀だ。
彼らに任せておけば、新品同様に修復してくれる。
よいものを末永く使用する……愛された古きものに価値を与える……を信条にしているザルダーズオーナーは、定期的にガベルとサウンドブロックを修繕にだしているのだ。
欠けた身体の一部もちゃんと確保してもらえた。
ささくれ具合が気にはなったが、木彫品を専門にしている修復師であるならば、さほど難しくない作業だ。
心配する必要は全くない。
と、サウンドブロックは、痛みを紛らすために己自身に言い聞かせる。
どこの世界ともつながり、どこの世界とも異なる不思議な場所。
それが、ザルダーズのオークションハウスだ。
「次のオークションは1か月後だ。そのときは、またよろしく頼むぜ、相棒! オマエ以外のヤツとはやりたくないからな」
ガベルが「おやすみ」の挨拶を言ってきた。
「ああ。任せろ。相棒! それは俺だって同じだ」
サウンドブロックもまた「おやすみ」の挨拶をガベルにする。
1か月後もあれば、修繕も終わっているだろう。
時を共に過ごしてきたオークション用の木槌――ガベル――は、返事と共に相棒の打撃板――サウンドブロック――を軽くつついた。
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