第3話 衝撃

「10000」


 とんでもない金額に、会場が「しん」と静まり返る。

 誰ひとり、このような始まりを予想してなかった。


(ほぅ……やるじゃん)


 老練なオークショニアも、度肝をぬかれてしまった。口をあんぐりと開け、金額を提示した人物をまじまじと見つめる。驚きすぎて次の言葉がでてこない。


 少々のことでは動じない、澄まし顔のベテランオークショニアが動揺するのはとても楽しい。

 ざまあみろ、と心のなかで喝采する。


(豹の旦那もいい趣味をしてるぜ!)


 前回『ストーンブック』を10000万Gで落札した相手に、今度はいきなり10000万Gをぶっかけてきた。

 その度胸と執着心、古代遺品愛は称賛に値する。

 もっと、もっと、このオークションを楽しませて欲しい。


 ガベルがいらついたように、机をかるくこづく。

 とても小さな、小さな「カツン」という音が生まれ、茫然自失のベテランオークショニアに送る合図となった。


(おい! ガベル! 俺以外の木製品に浮気するんじゃねえっ!)


 サウンドブロックが怒りで己の身を震わせる。


 百戦錬磨のオークショニアは、ガベルとサウンドブロックがだした異音を耳にして、ふと我に返る。


「ほっ……本日最高価格の10000万Gの値段が、そちらの『豹の老教授』によっていきなり提示されました!」


 声が裏返らなかったのは流石としか言いようがない。


 この場に集った仮面の貴人たちの好奇な視線が、48と書かれたパドル――入札札――を掲げている老人へと集まる。


 豹の仮面を被ったこの老人は、オークションの常連だ。

 主に古代遺品を落札しているので、オークショニアからは『豹の老教授』と呼ばれている。


 前回の『ストーンブック』を落札しそこねたリベンジだろう。

 ただ、いきなり10000万Gとは、『豹の老教授』も思い切ったことをする。


 ひやかし入札に対する牽制だと、サウンドブロックは思った。


 ザルダーズの常連で、古代遺品愛好家の『豹の老教授』も今日のオークションには言いたいことがあるのだろう。

 それを行動で示すとは、なかなかに立派な老紳士だ。


「10000! 10000! でよろしいでしょうか!」


 年代物の砂時計の砂が、サラサラとなめらかに落ちはじめた。

 3分のカウントが始まる。


 だれもがみな、この『ストーンボックス』は10000万Gの一声で落札されると思った。


 と、


「50000」


 サヨナキドリのような澄んだ美しい声がオークション会場に響き渡る。

 ルールを無視した金額の提示に、会場がかつてないほどざわめき揺れ動く。


(でたなっ!)


 この騒ぎの元凶『黄金に輝く麗しの女神』様がついに動いた。


 88のパドルを掲げた『黄金に輝く麗しの女神』様はあいかわらず、マイペースだった。空気を読まないルール無視のトンデモナイ参加者だった。


(豹の旦那……どうやら、相手が悪かったようだな……)


 こんな金額では、競り合うどころではないだろう。

 

「50000万G! 『黄金に輝く麗しの女神』様に続く勇敢なる覇者はいらっしゃいませんか?」


(面白いことやってくれるじゃないか!)


 笑い声をあげたくなるのをサウンドブロックは必死に堪える。


 隣でふるふると震えているガベルがとても可愛い。


「ごっ……50000万Gがでましたっ!」


 驚きうろたえる観衆。

 ざわつくオークション会場。


(石の箱にいきなり50000万Gを支払おうっていうトンデモ女神様! 万歳! あんた、サイコーの女だぜ!)


 ベテランのオークショニアは会場を鎮めるために、慌ててガベルを叩く。


(えええっ!)

(なにいっっ!)


 ガベルとサウンドブロックは同時に心のなかで叫び声をあげる。

 

 動揺していたオークショニアは、手元を誤り打撃板を叩き損じてしまった。


(しまった――ッ!)


 ガベルの身を切るような悲鳴が、サウンドブロックの耳に届く。


 サウンドブロックの中央ではなく、端にガベルが激突する。


ガッツ……ンッ! ダッツン!


 ガベルとサウンドブロックは、震え上がり、乾いた音をたてた。





 あれからどれくらいの時間が過ぎたのだろうか……。

 入札者が現れなかったということは、三分が経過したのだろう。


 ガン! ガン! ガン!


 高く掲げられた木槌が勢いよく振り下ろされ、打撃板を鳴らす。

 今度は、打撃板の中心を木槌が叩く。


「みなさま! こちらの『ストーンボックス』は黄金に輝く麗しの女神によって50000万Gにて落札されました!」


 朦朧とするなか、サウンドブロックは、ベテランオークショニアの声を聞いた。

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