第42話


「人生完全ドロップアウト。しかし、捨てる神あれば拾う神あり。救いの手が差し伸べられたんだ。それこそが、うら若き少女達の聖水さ。オレとは全くの正反対、夢と希望に満ち溢れた天使達からのプレゼント。これぞまさに天啓だ。聖水こそが終わった人生を取り戻す絶好のチャンスだ。我が身に取り込めば青春の時が戻ってくる。人並みの幸せを掴めるはずなんだ。しかし悲しいことに、直に飲むのは不可能に等しい。挨拶あいさつしただけで不審者扱いされる世の中なんだ。聖水をもらえるはずがない。天啓だけでお預けなのか。オレは再び絶望しかけた。あまりにも残酷な仕打ちではないかと!」

「いや。直接飲んだら紛うことなく犯罪だからな」

「口を挟むなこのド三一さんぴんが。まだオレが話しているだろうがッ!」


 ツッコミすら拒否された。

 いつまでこの変態演説を聞かねばならないのか。こちらにも我慢の限界がある。


「しかし、ここで新たなる天啓が舞い降りてきた。直飲みができないのなら、関節的に摂取すればいいのでは。偶然にもオレの生活圏にはかつての青春、小学校があった。天使達が明朗快活に日々を謳歌する学び舎だ。当然産み落とされる聖水の量もピカイチ随一天下一。そして幼い天使達は排泄と清掃に不慣れであり、聖水がこびり付いている可能性はとても高い。むしろ濃縮された分栄養が凝縮されているまである。ありがたみしかない特濃エキスだ。舐め取る以外の選択肢があるだろうか!」


 あるに決まっているだろ。


「しかし、どうやって小学校に侵入すればいいのか。そこで思い出したのさ、オレが見つけた秘密の隠し通路を。ちびっ子時代に何度も通った経験がある。幸いにも当時と変わらぬ極細体型だ。絶対にやり遂げてみせる。天使からのプレゼントをこの身に取り込むためならどんな危険でも冒してやる。それだけがオレの人生を建て直す唯一の道なのだから!」


 途中で抜け出せなくなったらどうするつもりだったのか。

 真っ暗な閉所に取り残されるなんて、想像するだけで恐ろしい。


艱難辛苦かんなんしんくの試練を潜り抜けて、遂に辿り着いたのが青春ときめきパラダイス。小学校は昔から変わらず女子トイレも当時のままだ。深夜のタイムサービス、舐め放題のバイキングコースさ。一年生から六年生まで、成長過程ごとにどれも違う味わいだ。順々に回って聖水ソムリエとして堪能たんのうしてきた。芳醇ほうじゅんな香りと舌先がしびれる塩味の刺激。苦労して手に入れた甲斐があるというものだ。一舐めする度に全身の活力がみなぎってくる。あぁ、なんて最高な時間なんだろう。永遠に浸り続けていたい。だからオレは何度もいばらの道を遡りここを訪れた。舌先に全神経を集中させて舐め取ってきた。やっとおのが人生を取り戻せる、今度こそ幸せになれるのだと。それなのにお前は邪魔した、変態という烙印らくいんを身勝手にも押した。万死に値するッ!」


 やっと自分語りが終わったらしい。

 最後は完全に逆恨みだ。怒りの矛先が間違っている。

 気色悪い演説を余さず聞いたせいか、腹の底でむかむかと不快感がとぐろを巻いている。小便に対する異常な執着と行動の数々が受け入れられない。ななに至っては耐えきれずに嘔吐おうと霊物質エクトプラズムを大便器に向かってぶちまけている。霊すらグロッキーにさせるとは恐ろしい男だ。人間が一番怖いというのはまさにこのことだろう。


「つまり纏めると。あんたは色々思うところがあって、女子トイレ巡りのソロツアーをして、最後は窓から脱出した訳だな」

「ちょうどいいかんじに木の枝があったからな。ひょいひょいっと簡単に飛び移れたよ」


 その身体能力をまともなことに活用すればよかっただろうに。などと助言したところでもう遅い。彼は立派な犯罪者だ。本当の意味で人生をやり直すのは罪を償ってからになる。


「はぁ。こんなのが五年生の怪異の正体とはな」


 蓋を開けてみれば変態の珍道中だった。

 以上、調査は終了だ。人間が犯人では霊能力者の出る幕ではない。


「自分語りの続きは檻の中でするんだな」


 スマートフォンを取り出して百十番に通報だ。夜の校舎に変質者が出没しました。どうにかしてください。これで幕引き、めでたしめでたしである。

 だが、番号をタップするよりも早く、


「ふ、ふざけるなっ。こんなところで捕まってたまるかぁッ!」


 男が全体重をかけて飛びかかってくる。

 予想外の反撃を前に受け身が取れない。馬乗り体勢で押し倒される。

 急いで番号を押すが番号を間違えたらしい。スマートフォンが現在の正確な時刻を知らせてくれる。

 相手はガリガリでひ弱な男だ。力比べなら負けない――はずだが、棒きれのような腕を押し返せない。力が入らないのだ。鼻先で漂う口臭があまりにも酷い。掃除されていない便器の臭いがする。意識が飛びそうだ。

 ななに応援を要請したいが……駄目だ。便器に顔を突っ込んだまま倒れ伏している。復活はまだ先だろう。

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