第40話


 では、外部に犯人がいるとして。

 そうなると、侵入者はあっと驚く意外な方法を用いたことになる。そんな馬鹿な。大泥棒の華麗なるテクニックじゃあるまいし。仮に高度な技術があるとして、やるのが小学校への不法侵入とはしょっぱい話だ。

 それなら、平々凡々な一般人が犯人ならどうか。

 技術なしで侵入したとなると、校舎側に問題があったのでは。例えば鍵のかけ忘れとか、あるいは秘密の隠し通路とか。七不思議が広まっている以上、前者に関しては細心の注意を払っているだろう。第三者が怪異に巻き込まれたら一大事だ。ヒューマンエラーの可能性は低いと思われる。一方、後者の想定はあまりにも物語じみている。隠し通路なんて、まるで冒険活劇に出てきそうな……――隠し通路?


 そこで思い至ったのが、かつて流行した探検ごっこ。そしてその発端だ。

 この学校のどこかに、敷地外から侵入できる経路が存在する。それを卒業生の誰かが発見した、という噂が広まったのが探検ブームのきっかけだ。しかし、結局最後まで隠し通路は見つからぬまま。噂はただの噂に過ぎなかったと決着がついた。

 だが、その隠し通路が実在するとしたら。

 そこを通れば防犯センサーに引っ掛からず校舎内に侵入可能では。それなら、脱出時はどうするのか。そこで重要になるのが窓だ。三階に位置する五年生女子用のトイレ。その窓から外を覗くと、木の葉が景色を遮っている。おあつらえ向きに伸びた木の枝だ。身軽な人間ならさるのように飛び移れそうだし、乗ってもギリギリ折れないだろう太さ。慎重に伝っていけば安全に地面まで降りられるだろう。


 隠し通路と窓まで伸びる枝。

 その二つから導き出される答えは荒唐無稽かもしれぬ真実だ。

 しかし、絶対にあり得ぬと断じるのは早計。仮説を証明するためにも、まずは隠し通路の存在を確かめる必要がある。

 実在するとして、一体どこにあるのか。

 当時の噂では「旧校舎の名残を利用した」とまことしやかに囁かれていた。

 となれば善は急げだ。

 泊まり込みの許可をもらうついでに、旧校舎を描いた図面を貸し出してもらう。

 新校舎の図面と照らし合わせながら侵入可能な経路を探す。一番怪しい場所はどこか。そこで目に留まったのが、


「まさか、ここなのか」


 旧校舎の給食室だった。

 排水溝が校舎内から敷地外まで一本線で伸びている。一旦外に出て確認してみると、敷地を囲む盛り土の中にぽっかりと、かつて汚水の出口だった穴が残っていた。

 コンクリート製で直径六十センチメートルほどの円柱状。かなりの細身であればさけうなぎよろしく上流へとさかのぼれるかもしれない。


 では、行き着く先はどこなのか。

 かつて給食室があった場所は、現在図書室が建っている。そして、排水溝の始発点は、ちょうど図書室倉庫の真下にあたる。

 ついこの間利用した場所だ。そういえば、泥が乾いたような汚れが目立っていた。小動物が行き来した形跡と推測されていたが、排水溝跡を通った侵入者がここから出てきたとしたら合点がいく。図書室及び書庫には鍵どころか扉すらない完全開放状態だ。犯人の侵入経路と思えてならない。

 と、ここまでは全て憶測に過ぎない。証拠がいくら出てこようとも、実際に現場を押さえなければ妄想の域を脱せず。はてさて、どうやって証明すればいいものか。と困った時、役に立つのが相棒のななである。


「分かったよ。ななだってとことんやるんだから。なんでもどーんとこいっ」

「じゃあ一つ頼まれてもらおうか」


 何故かやる気十分だったので、そのままお願いさせてもらった。

 隠し通路の入り口――すなわち排水溝跡の見張りである。

 ななはすこぶる嫌そうな顔をしていたが、なんだかんだ引き受けてくれた。向上心が芽生えたようで喜ばしい限りだ。

 そして迎えた深夜。

 子ども達はとっくに全員下校、職員も退勤して静まりかえった校舎。駆郎は五年生の女子トイレで、ななは敷地外にてスタンバイ。その時が訪れるのをじっと待つ。

 鬼が出るか蛇が出るか。

 霊か妖か、それともただの人間か。

 その答えがコレである。


「お、おおおお、おま、お前誰だよぉっ!?」

「それはこっちの台詞だこの野郎」


 以上、回想終了。

 駆郎は犯人――眼前で慌てふためく中年男性をじっとり半眼で見据える。

 狭い排水溝を逆走できるだけあり、不健康に細身でガリガリの骨浮き体型。頭髪は薄く儚げな一方、無精髭ぶしょうひげは伸ばし放題だ。衣服は上下共によれよれで、土埃に加えて染みや黄ばみまみれで汚らしい。見た目の印象は最悪だ。

 果たして、この男は何故苦労してまで学校に侵入したのだろうか。

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