第39話
「それで、今度はどうなの?」
そして翌日。
二日連続朝一番で五年生の女子トイレをチェックだ。端から見れば不審者のそれである。
「駄目だ。窓は開いているのに、結界はさっぱり変化なし」
「逃げ足だけはずば抜けているね」
五年生の怪異を調査し始めてかれこれ三日目。残念ながら一向に尻尾は掴めず、
――別に、ななが困る訳じゃないんだけどね。
それでも、相棒の努力が結実しないと寝覚めが悪い。仮に自分の記憶が戻ったとしても、気持ちよく浄霊できるかと問われたら微妙だ。最低限、七不思議の解決までは見守りたい。
「こうなったら最終手段だ」
突然思いついたように、駆郎はすっくと立ち上がる。
「今日は泊まり込みだ。夜が明けるまで女子トイレの窓を見張る」
「本気で言ってるの?」
「もちろんだ。さっくり宿泊の許可をとってくるよ」
「えぇ……」
霊と妖の温床たる校舎でお泊まり会なんて気が進まない。ただでさえ真上、六年生のフロアでは腐臭が垂れ込めているというのに。百パーセント熟睡できないだろう。
――でも、それだけ追い詰められているってことだよね。
刻一刻と期日が迫る中、手段を選ぶ余裕がないのだろう。助手が怖いだなんだと嫌がっていては足を引っ張るだけ。
そんなのじゃ駄目だ。
――ななも成長してるんだって思い知らせてやるんだから。
怖気を振り払い、ふんすと鼻息荒く気合い注入。両頬をぱちんと叩き己を奮い立たせる。
それから小一時間後。
どこで油を売っていたのか、ようやく駆郎が戻ってきた。
「遅いよー。また行方不明になったかと思ったじゃん」
「悪かったな。色々と調べ物してて時間がかかっただけだ」
そう何度も次元の穴に吸い込まれても困る。
「それで、泊まり込みの件なんだが」
「分かったよ。ななだってとことんやるんだから。なんでもどーんとこいっ」
なんて、大見得切ったのが間違いだった。
「じゃあ一つ頼まれてもらおうか」
駆郎の語る仮説。
その証明のために、とある作戦の実行役を頼まれた。それは至って単純で、凄くやりたくないこと。だが、断るなんてもっての外。
――そんなの、ななのプライドが許さないんだから。
有言実行。「なんでも」と言ったのだから、頑張ってやり遂げるしかない。
口は
霊体がぶるぶる小刻みに震えている。武者震いだと思いたい。
※
日付が変わって草木も眠る丑三つ時。
日中とは打って変わり、校舎は海底のような
この小学校は霊や妖を寄せ集めてしまう。街中の人ならざる者が自然と棲みつく魔の
一寸先は闇。教室にも廊下にも奴らが潜んでいるかもしれない。
そんな怪異が
階下よりぼんやりと、
やってくるのは無念を抱く人魂か。あるいは獲物を誘引する策士の悪鬼か。
否、それは実体を伴う存在である。
「うひゃああああああああああああああああっ!?」
情けない裏声の悲鳴が上がる。
無論、その声の主は駆郎――ではなく、マッチ棒のように細い体躯を晒す中年男性である。面識はない。見覚えもない。完全に初対面の相手だ。ついでに言えば、生身の人間である。
駆郎は不敵に笑う。
「やっぱり、予想通りだったな」
時は十八時間ほど前に
遅々として進まぬ調査に業を煮やし、最終手段として泊まり込み作戦を決断した。相手が霊だろうと妖だろうと、現場を押さえてしまえばいい。徹夜がなんだ、カフェインをしこたまぶち込み粘ってみせる。
と意気込んだところで、ふとある可能性に思い至った。
本当に霊や妖の仕業なのか、と。
七不思議の解決というのが依頼内容だった。そのため、最初から全て怪異絡みだと決めつけていた。だが、冷静に考えてみると、そうとは限らないのだ。かつての人形霊がそうだったように、噂だけが一人歩きしているだけでは。現象自体は人為的なのではないか。その可能性は大いにある。
では、怪異を装う犯人は誰なのか。
夜間から明け方にかけて、無人の小学校に忍び込み、わざわざ窓を開けていく。行動も謎だがその手段もさっぱり不明だ。校門の柵を跳び越えれば簡単に敷地内へと侵入可能。しかし校舎内となると、防犯センサーに引っ掛かってしまう。扉をこじ開けても窓ガラスを破壊しても、警備会社の者がやってきて犯罪発覚即終了だ。そもそもの話、不法侵入の形跡はどこにもない。
となると、鍵を所有する内部犯の線が濃厚か。と推測してみるも、昇降口や職員用の出入り口を使用すれば開閉の記録が残る。それに、この学校の職員がわざわざ危険な夜にやってくるだろうか。危機感の薄い校長ならまだしも、まともな感覚なら避けるのが基本である。
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