第五章:真夜中に開くトイレの窓

第37話


 連休明けのこと。

 次なる怪異は――独りでに開く女子トイレの窓。駆郎は早速聞き込みを始めており、放課後満喫中の五年生女子達から情報を集めていた。


 ――なんか、もやもやする。


 疎外感にも似た一抹の寂しさを覚えてしまう。

 彼はただ職務に殉じているだけだ。怪異の出現場所が女子トイレのため、聞き込み相手が女子ばかりになるのも当然の流れ。別段、ななを蔑ろにしている訳でもない。

 それなのに、どうして。


 ――もしかして嫉妬なの?


 そんな馬鹿な。ぶんぶんかぶりを振って否定する。

 初対面の時、妖から助けてもらった時。どちらのときめきも単なる気の迷いだ。吊り橋効果が招いた虚構の産物に過ぎない。何度もあり得ないと自身に言い聞かせてきたではないか。ぶり返し蒸し返し思い悩んでどうする。

 

「なな、ちょっといいか?」

「いひゃぉおぅっ!?」

「凄い鳴き声だな」


 いきなり駆郎が戻ってきてびっくり。おかげで素っ頓狂な声が出てしまった。


「ざっと聞いてみたところ、証言はそれなりにあった。曰く、朝早く登校すると女子トイレの窓が開いていた、とさ。ほぼほぼ異口同音だったよ」

「ふぅん。で、それがどうしたのよ」

「不思議なことに目撃証言は全くない」

「霊だから見えなくて普通でしょ」

「そこが問題なんだよ」


 駆郎は「犯人は相当臆病な霊ではないか」と推測しているらしい。

 非活性状態の霊が相手の場合、浄霊はおろか感知すら難しい。霊能力者の駆郎でも手こずる相手だ。実際、ベランダに棲み着いた悪霊もヒットアンドアウェイが基本であり、表に引っ張り出すのに苦労した。ななの提案がなければずっと引きこもりだったかもしれない。

 恐らく、駆郎は期日超過を危惧しているのだ。二年生の時以上に手間取れば夏休み開始日までに七不思議の収拾はつかず。当然試験もパスできない。ただでさえ人形霊の件が未解決なのだ。解決が遅れるほどに最終日が地獄になるだろう。


「試しに現場を見てみたら?」

「もう行ったよ」

「うわ、変態」

「じゃあどうしろと」


 五年生のフロアに設置された女子トイレ。そこには霊や妖の気配はない。つんとしたアンモニア臭がするだけだ。掃除が行き届いていないこと以外目立った異常はなし。相手は隠密行動に長けているらしい。


「っていうかさ。五年生の怪異ってなんかしょぼくない?」

「それは否めない。だからこそ厄介なんだ」


 あまりにも弱小過ぎて気配が察知できない、という可能性も大いにある。大は小を兼ねると言うが、小さい方が良いパフォーマンスを出す場合も往々にしてあるだろう。間違い探しもわずかな差ほど見つけづらい。そんな絵本があった気がする。

 もっとも、トイレで大小の話をすると、別の方が思い浮かぶのだが。


「ひとまず結界を張って様子見だな」


 そんなこんなで駆郎は女子トイレへ。女子児童達から盛大に顰蹙ひんしゅくを買っていたが、粛々黙々とお札を貼っていた。結界は魂絡みの異変に反応するため、その痕跡から霊か妖か大凡おおよその見当を付ける。それから本格的な対策を立てる方針らしい。

 そして次の日。

 朝早く誰よりも先に女子トイレを確認へ。しかし、結界は前日のまま健在で変化なし。それなのに窓はしっかり開いていた。全開になっており風通しがとても良い。窓の外を彩る新緑のおかげか、アンモニア臭も気持ちばかり薄まっている。


「俺の結界をかいくぐり悪戯するとは中々やるな」

「駆郎のお札が不良品ってだけじゃないの?」


 つい毒づいてしまう。

 まだ焼き餅を焼いているのか。本当は励まそうと思っていたのに、内心とは裏腹に刺々しい言葉が飛び出してしまった。これでは性格の悪い女の子じゃないか。嫌われたらどうしよう。


 ――って。だから、別に駆郎のことなんて好きじゃないし。なんでこんなことをうじうじ考えなきゃいけないのよ!


 時たま自分の心が操縦不能になる。

 エネルギーの塊のくせに、まるで年頃の乙女のように。





 結界は反応なしの空振りだ。相手は弱小怪異と低く見積もっていたが、その認識を改めなくてはいけないだろう。あり一匹這い出る隙間もない完全無欠の強固な結界を構築。必ずその尻尾を掴んでみせる。

 という意気込みで、女子トイレに大量のお札を貼り付けていく。前日の三倍近い量を大盤振る舞い。ななに煽られたからではない。出し惜しみして怪異を逃したくないだけだ。などと、内心言い訳をしながらの単純作業。トイレの模様替えに勤しんだ。タイル張りの壁にはびっしりお札がひしめいている。呪いの部屋と言われかねぬ内装だ。

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