第32話
「駆郎、こっちのやつがまだ消えてないよ!」
ななが指さす先、肉片が逃げ出そうとしている。触手を器用に使って水面を這いずり回っていた。
もう一度放水して今度こそ掻き消そうとするも、カチカチと空撃ちばかりで食塩水は出てこない。玉切れならぬ水切れだ。タンクの中身がもう尽きてしまったらしい。
「これを受け取って!」
ぷしゅっとワンプッシュ吹きかけると、肉片は白く凍てつき硬直する。その隙に次のタンクとホースを繋ぎ、第二波でヌリカベを洗い流していく。
「ひとまずはこんなものか」
高圧洗浄機のタンクを二本も使い切ってしまった。そのおかげで、ヌリカベは半分近く消し飛んだが、残るタンクはあと一本だけ。燃費に難ありだ。
あと一回の放水で、核まで辿り着かなくては。
妖を完全に取り去るには、発生の根源――核を確実に潰す必要がある。雑草を根っこから引き抜くのと同様。完全に息の根を止めなければ何度でも
※
駆郎の活躍は目覚ましく、曲がり角の肉塊はどんどん形を失っていく。代わりに床は水浸しになり、日の光を反射してウユニ塩湖もかくやの絶景と化している。
用具も相まりまさに大掃除の様相だ。後片付けが大変になると覚悟しないといけない。
ななの脳裏に浮かぶのは不明瞭な記憶の断片だ。自分もこの学校で大掃除をした気がする。昼休みの後、クラスメイトと一緒に雑巾がけをした……と思う。仲の良い友達とおしゃべりしながら……だったかもしれない。
駄目だ。モザイク加工されたように判然としない。記憶の中にいる人が誰なのか分かればヒントになるのに。
この学校に懐かしさを感じる。だから、ここの元生徒のはずだ。
――ううん。もしかしたら、向こう側から来たのかも。
三階の教材倉庫から出てきたのなら、次元の穴を通ってきた可能性もある訳で。文字通りの大穴狙い、最悪のダークホースなのだが、完全に否定できない。
とすると、自分はどこの誰で、どうして霊になってしまったのか。
土倉友子やベランダの悪霊みたいな、ごく一般的な霊ではないのかもしれない。
真実を知るのが怖い。本当に記憶を取り戻していいのか不安になってくる。
「なな、次のタンクを持ってきてくれ」
「う、うん」
はっと我に返る。
いけない。妖退治の真っ最中だった。
大きく
タンクを受け取った駆郎は、高圧洗浄機を構えて激流を放出。ヌリカベと名付けられた妖は身を縮ませる一方で、気持ち悪い見た目も可愛いミニサイズに。否、やはり可愛くはない。
――なんだかんだ、きっちり仕事をこなしてるじゃん。
専門外と心配していたが、大掃除は順調そのものだ。
顔はいい。能力と熱意もある。あとは性格と態度だが、完璧超人だとそれはそれで不気味だ。駆郎はこの程度がちょうどいいのかもしれない。
「これで放水は打ち止めだな。ここから先の掃除は細かい作業になる」
駆郎が放水銃を仕舞うのと同時に釘打ち機とスプレー缶を送り出す。残る肉塊は元の三分の一程度だ。蠢く触手は弱々しい。瘤の中の眼球も大半が
釘打ち機とスプレー缶、駆郎が二つの銃を構えた。次の瞬間、肉塊が裂けてガバッと開く。口だ。縦一文字に拡がる中で
「なっ、完全体――」
ヌリカベは新たに二本の触手を生やしていた。直径十五センチメートルはある極太サイズだ。駆郎を殴り飛ばすには十分な質量を誇っている。
あと少しで妖退治もおしまいだと思っていたのに。
どうして。
ななの疑問を余所に、ヌリカベの触手は
次なる獲物を襲おうと、巨大な
狙われているのはもちろん――ななだ。
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