第30話
どうやらあの肉塊は、専門用語で妖と言うらしい。
その正体は不特定多数の人間が垂れ流した悪意の集合体。
伝承に残る妖怪の内、怪物然とした層がこれに当て嵌まる。複数の生物の特徴を併せ持つ
「妖は人間がいる限り自然発生し続ける。特に生まれやすい場所は、
「廊下の角でまさに汚れやすい場所だね。こんなのが普通にいるって事実が凄く嫌だけど」
「これでもまだマシな不完全状態だけどな」
妖は徐々に悪意を溜めていく。その間は一般人をはじめ霊能力者でも視認できない。姿を隠して周囲一帯に不幸を振り撒くのだ。多くの場合は小さな事故や事件を誘発させる。また、妖の悪意を受けた小動物は衰弱し、草花は枯れてしまう。その不幸を更なる悪意の呼び水にして、完全体へと成長するのだ。
「完全体になると、今度は人間を食べようとする」
「言葉は通じないの?」
「悪霊とは別ベクトルで無理だな。退治するしかない」
悪意が十分に溜まると捕食器官が発生して自立行動を開始。誰でも視認可能な完全体となり、周辺の人間を無差別に襲う。人体ごと食し、手っ取り早く魂を取り込むのだ。変死体や行方不明者の何割かは、妖の仕業と言われているらしい。
また、意思疎通は百パーセント不可能。人間の魂由来とはいえ悪意の塊。不幸と捕食だけが目的の害悪だ。明確な意志を持たぬエネルギーの集合体のため討伐するしかない。
「まぁ、浄霊の方法だと倒せないんだけどな」
「駄目じゃん」
不特定多数の悪意が入り混じる相手なので、対個人に特化した浄霊では効果が薄い。要するに管轄外である。
その代わり、妖退治を専門にする霊能力者がいる。特殊な加工を施した刀剣類や銃火器を振り回し、全国津々浦々で縦横無尽の大活躍。里に下りてきた猛獣を仕留める狩猟者にも似ている。
「じゃあ、その人達にお願いするの?」
「いいや、自力でやり遂げるつもりさ」
※
試験前の下見中、渡り廊下にいるのが妖だと気付いた。
浄霊技術や手持ちの道具では明らかに対処不可能。だからといって
無駄にプライドが高いだけ、と言われたら反論できない。それでも、駆郎は自力で妖退治を成し遂げようと決意した。
すぐさま大学側に報告。試験に妖が混じっている旨を伝え、対妖専用の道具を取り寄せるのだった。
そして現在。ようやく妖退治の準備が整った。
「本気でやるつもりなんですね」
「俺に課せられた試験だからな。途中で放り出すなんてあり得ないだろ」
注文品を届けてくれたのは大地だった。どうやら彼が務める商社の試作品が支給されるらしい。テスター役を兼ねているようだ。
「貸し出すからにはそれなりの成果を出してくださいよ。間違っても乱暴に扱って壊さないように」
「簡単に壊れるなら商品にならないだろ。そこは企業努力でなんとかしてくれ」
「賠償金請求しますよ?」
渡された試作品の数々は、今後一般販売を視野に入れているらしい。霊能力者でなくとも妖退治ができるように、不完全体なら大掃除の感覚で撃退、というのがコンセプトだ。退治を
「ヌリカベとの対決は明日の早朝だ」
「それなりに健闘を祈りますよ」
道具一式をその場に置くと、大地は役目を終えたとばかりに立ち去る。
こちらも本日の営業は終了だ。そして、明日の大学は欠席だ。講義に出ている暇はない。
「えー、早起きとか嫌なんですけど」
「仕方ないだろ。妖は夕方から夜にかけて強くなるんだ」
妖特有の能力を総称して妖力と呼ぶ。文字通り霊力の妖版だ。
それに、もう一つ問題がある。
妖退治は基本大がかりになる。刀や銃を振り回す案件もあるのだ。不完全体相手でも相応の規模になる。そのため、登校時間前に片付けないとパニック必至。巻き込まれたら大惨事だ。
よって、早急に帰宅し光の速さで入眠。夜明け前に行動開始だ。
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