第28話


 大地は何を言っているのだろう。

 二十四時間飲まず食わずで探索なんて無理だ。倉庫と異空間の遭難で一時間強行方不明になっただけ。問題として報告されるいわれはない。まさか新手の嫌がらせなのか。

 いや、そうじゃない。


「もしかして、これが“ウラシマ効果”ってやつなのか」


 ざっくり言えば、超高速移動すると時間の進みがゆっくりになる現象だ。名前の通り、昔話の浦島太郎におけるラストが由来になっている。

 どうしてそうなったか不明だが、一時間強遭難している間に現実世界では丸一日――正確には二十五時間経過していた。迷い込んだ異空間は時間の流れにズレがあったのだろう。二十五倍速だ。一年間迷子になれば四半世紀が経過する計算である。


「それは実に面白い設定ですね。SF映画が一本撮れそうですよ。もっとも、言い訳としては三流ですが」


 事の経緯を大地に説明したのだが、反応は御覧の通りだ。

 倉庫を探索していたら、魂を起源としない謎の空間にいました。なんて、非常識な展開過ぎる。常人なら受け入れられなくて当然だ。しかし、冗談抜きの真実なので信じてもらうしかない。


「その三流世界が実在するからこそ、こうして認識の齟齬そごが発生しているんだよ」

「あなたが嘘をついているなら辻褄つじつまは合いますけどね」

「大事な試験でそんな馬鹿な真似はしない」

「どうでしょうかね。母親の威を借りて無茶もゴリ押しできるでしょう?」

「そんなの俺のプライドが許さないね」

「だとしたら、その突飛な言い訳にどんな理由があると?」

「本当の話だって言ってるだろ」


 ぐるぐる無意味に堂々巡りだ。

 大地は頭ごなしに否定するため、いくら証言したところで全部嘘扱い。これではらちが明かない。


「ねぇねぇ、駆郎」

「今取り込み中だ、後にしろ」

「あの折り紙使えばいいんじゃない?」

「だから後にしろ……――なんだって?」

「だーかーらぁ、胸ポケットに入っている折り紙だって」

「「あ、そうか」」


 しくも両者共に一言一句同じ反応だった。「ハモった」と、ななは腹を抱えて笑っている。

 試験の監視用に大地が用意した折り鶴だ。ボイスレコーダー以上の性能を誇るそれに、異空間の証言を裏付ける証拠も記録されているはず。これで無断失踪の疑いも晴れるだろう。


「ふむ。確かにその異空間とあなたの行動が記録されていますね」


 折り紙から情報を読み取った大地は、あっさりてのひらを返した。


「最初からそう言っていたんだが」

「人間、誰しも間違いを犯すものです。寛大な心で許すのが大人かと」

「それ、やらかした側が言っちゃ駄目なやつだからな」


 未発見の異空間については認めてくれたが、謝罪の気配はさっぱりない。のらりくらりと言い逃れである。元から屁理屈をこねる男だったが、余計にひねくれ捻じ曲がり、知恵の輪みたいになっている。


「妙な音波――声、でしょうか。記録されている音声について釈明していただきたいのですが」

「こっちが聞きたいくらいだよ。あのまま追いつかれたら、今頃どうなっていたか」

是非ぜひとも接触して、学術的に価値のある情報を持ち帰ってほしかったですね」

「俺を殺す気かよ」


 と、悪態をつきながらも、お互い上層部にくだんの異空間を報告する。駆郎は大学へ、大地は勤め先へ。下意上達ボトムアップでExOUにも連絡が行くだろう。また、小学校の校長に倉庫の危険性を伝えたところ、即日封鎖する判断が下った。明日には工事を開始するらしい。

 今後は業界全体で次元の穴について調査が始まるだろう。


 未知の存在は人間にとって恐怖の対象だ。かつては魂と、それを起源とする怪異や超常現象がこの立場にあった。現在ではその仕組みが知れ渡り対策方法も確立され、恐れる者は減少の一途を辿っている。見た目が怖い、気持ち悪いといった意味で忌避されてはいるが、もはや害虫や害獣との邂逅かいこうと大差ないのだ。もちろん、命の危険は依然伴うため、適切に恐れるのが大切だが。

 その意味では、次元の穴は新たな恐怖の対象として、空席を埋めたことになる。ある日突然空間に裂け目が生じ、地球とは異なる環境に放り出されてしまう。そして、見えざる集団に追い回される。日常の崩壊という災厄は、新時代の畏怖いふとして百点満点だろう。早期の解明を切に願う。

 そして、もう一つ。重大なことが判明した。


「駆郎は倉庫であっち側に迷い込んだんだよね」

「それがどうした?」

「ななが最初に覚えている場所、ここなんだけど」


 ななの新たなる証言だ。

 彼女は記憶喪失で、どこの誰かも分からぬ純白の霊なのだが。記憶の最初――目覚めた場所が三年生の教材倉庫となると、話はガラリと変わってくる。


 ――ななは倉庫内に発生した次元の穴、その向こうからやってきたのでは?


 そんなのあり得ない、と安易には切り捨てられぬ推測だ。

 彼女は何者なのだろうか。

 その答えに辿り着けるか否か。それは調査の進展にかかっているかもしれない。

 三年生の七不思議はひとまず後回しにしよう。

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