第24話




 駆郎の剣幕けんまく気圧けおされてしまった。

 普段は割と冷静沈着、悪霊に対しても淡々と仕事をこなす彼がいきどおりを露わにしていた。ミツデ様と呼ばれる行為が原因らしい。生徒指導の教師よろしく雷が落っこちた。三年生の女子達は申し訳なさそうに力なく謝罪、とぼとぼ教室を去っていく。


「あんなに怒る必要あったの?」

「大ありだ。あのままミツデ様を続けたら高確率で警察沙汰に発展だ。大騒動間違いなしだよ」

「マジで」

「マジだよ。毎年事件になってるし、以前その内の一件を俺の母親が解決した」


 今から十二年ほど前。

 当時最上級生の女子数名がミツデ様を実行したらしい。

 仲良しグループで有名だったが、卒業を機に内一名が遠方へ引っ越すことに。そこで、思い出作りの一環に、放課後の教室にて開催する運びとなった。

 当初は順調に進行していた。片思い相手への告白は成功するか、将来はどんな職業につけるのか。意外にも受け答えが成立しており、女子達は大層盛り上がっていたそうだ。

 事態が急変したのは、儀式終了目前のタイミングだった。

 突如、担任教師が戻ってきたのだ。ミツデ様をしていたと発覚すれば説教不可避。誰もが慌ててコインから指を離してしまった。降霊術の禁止事項ベストスリーに入る大失態だ。

 本来であれば、正式な手順を踏んでミツデ様、もといその辺にいた低級霊に帰ってもらう必要がある。だが、順序を無視して強制終了したらどうなるか。当然、霊達は怒り狂う。ゲーム中に回線を切断されたら誰だってそうなる。失礼千万だ。


 愚弄ぐろうされたと感じ取ったらしく、ミツデ様扱いされていた霊は手近な女子に強行突破で憑依した。

 そこから先は八面六臂はちめんろっぴの大暴れだ。友達をぎ倒し殴り倒し、顔面がユッケになるほど殴打し続けた。それでも飽き足らず、教師や他の生徒にも牙をき学校中は大パニック。

 事態の収束に貢献したのが駆郎の母だ。あっさり手早く浄霊し、憑りつかれた女子から低級霊を取り除いた。歴戦の霊能力者らしい熟練の技だった。

 結果的に犠牲者はなし。不幸中の幸いだったが、負傷者多数で病院送りは二桁に。女子達の友情も端微塵ぱみじんに砕け散ってしまった。

 以上が、駆郎が語る事件の顛末てんまつである。


「うへぁ。とんでもないことになったんだね」

「遊び半分でも致命的な事態になるんだよ。魂の存在が公になり霊能力者は仕事しやすくなったが、逆に聞きかじっただけの連中が羽目を外して大問題になる」


 三年生の女子達はギリギリ未遂で済んだ。今後は考えなしに霊と関わらないはず、と願うしかないだろう。呆れ果てるのも無理はない。


「一応、あいつらが無事下校できるか、見送ってくれないか?」


 だからこそ、駆郎の頼みに耳を疑った。


「それって、どーいうこと?」

「霊が降りてくる前に中断させたとはいえ、あいつらはミツデ様に呼びかけてしまった。だから、せめて学校を出るまでは見守った方がいいかと思ってな」

「そうじゃなくって……」


 と、反論しかけたが、ぐっと言葉を飲み込んだ。

 駆郎が相手を――しかも、悪ふざけをした子ども達を気遣うなんてびっくり。案外お人よしなんだね、なんて言えば機嫌を損ねるだろう。斜に構えた冷血漢に見えて、熱い心も備えているのが駆郎なのだ。

 ここは黙って引き受けてあげよう。


「まったく仕方ないなぁ」


 口では面倒そうに答えるも、頼られるのはやぶさかでない。

 ベランダの悪霊相手では役に立てなかった。だからこそ、めげずに有能さをアピールし続ける。それが今できる最高の自分だろう。


 ――別に、駆郎のためって訳じゃないけどさ。


 意外な優しさにほだされた、なんてチョロ過ぎるヒロインは真っ平御免。あくまでも我が道を行くだけだ。と内心呟くも、胸の奥で灯るぬくもりを否定できないのが悔しい。





 女子達の安全はななに任せ、駆郎は自身の職務に戻る。

 ミツデ様は実行寸前で防いだ。見送り程度なら彼女でも大丈夫だろう。心配がないと言えば嘘になるが、それ以上に信頼がまさっていた。

 深い付き合いでもない、相棒兼依頼主。しかも相手は記憶喪失で、一回り近く年下の霊だ。安心を覚える方がおかしい気もする。


「こんな調子じゃ大地に笑われるな」


 余計なことを考えるのは一旦やめだ。

 とにかく、今は七不思議の解決に集中する。三年生の噂について聞き込み調査を進めよう。

 とはいったものの、周辺に生徒の影は見当たらない。ミツデ様の件で怒鳴ったせいだろうか。とばっちりを恐れ、他の居残りっ子達も全員下校したらしい。

 人形霊について聞きたかったのだが。

 もっとも、単なる噂なのはほぼ確定だ。市松人形に異常はないと報告して、次のステップに移って良いかもしれない。


「なな、早かったじゃないか」


 視界の端で霊体が揺らめく。

 どうやら見送りは無事に済んだらしい。ミツデ様の悪影響は杞憂きゆうだったようだ。

 一言褒めて助手のやる気を伸ばしてやろう。と、思案しながら振り返ると、そこにいたのは――ななではなかった。

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