第23話


「駆郎の頃も、人形霊が歩き回るって噂があったの?」

「当時はもっと酷かったよ」


 思い返してみると、荒唐無稽こうとうむけいはなはだしかった。

 人形に宿る霊が独りでに動き出す、という点は全く同じ。だが、以前の噂ではそれに加え、目からビームを出すとか、髪の毛が伸びてパンチパーマになるとか。冗談にしか聞こえぬ馬鹿話ばかりだった。


「念のため、聞き込みもしておくか」


 未だ教室に残る生徒も幾人か。

 人形霊の噂について詳細を聞いてみよう。生の声は大切だ。案外、ビームやパンチパーマレベルの証言があるかもしれない。そうなれば、怪異とは無関係の噂と確定するだろう。

 空き教室を後にして、歓声響く三年生の教室へ足を向ける。居残るのは主に女子のグループらしい。各所よりガールズトークが飛び交っている。

 その中に、聞き覚えのある単語が混じっていた。


「ミツデ様……お入り――どうか」

「お答え……――ミツデ様」

「お願い――ミツデ様……私達に」


 聞き逃せない、聞き捨てならない名前が、途切れ途切れに。

 駆郎はすぐさま声の発生源――三年二組に突入する。教室の片隅には女子が五人ほど。一つの机を中心に、円を描き取り囲んでいる。

 間違いない。ミツデ様を実行している。


「やめろ!」


 言うが早いか、机上に広げられた紙を奪い取る。五十音順のひらがな、イエスとノー、ゼロから九までのアラビア数字が並んでいる。ミツデ様との交信を行うための道具だ。念のため、念を込めて、念入りに破り捨てる。

 転がり落ちる十円玉。こちらもミツデ様用の道具だ。甲高い悲鳴を上げて跳ね回るも、やがてぴたりと静止し黙りこくった。


「何するのよ!」

「酷いじゃない!」

「邪魔しないでよ!」


 代わりとばかりに女子達の金切り声が木霊こだまする。非難轟々ひなんごうごう、大勢で感情的な責め立てだ。小学生時代でもよくあった。如何いかに論理的に反論しても、納得せずに力押しの一辺倒。最後は涙で同情を誘い有耶無耶うやむやにする流れである。

 対処が非常に面倒臭い。故に、良識ある大人は早期解決を図る。あちらに花を持たせるか、それともがんとして無視するか。少なくとも、応戦して火に油を注ぐ真似はしないだろう。

 しかし、駆郎は怯まない。

 絶対にやってはいけないことなのだ。毅然きぜんと対応するのが年長者の務めである。


「君達は、ミツデ様がどれだけ危険か、理解した上でやっているのか?」

「それは、その」


 中央の女子をにらみつけると、途端に口ごもりうつむいてしまう。次は右側、その次は左側。全員に反省の水を向けるも、短い悲鳴を上げるばかりで誰も答えない。

 大方、面白半分で実行したのだろう。いつの時代も軽率な行動が魔を呼び込むのだ。


「恋愛相談か、それとも勉強の悩みか。ミツデ様に聞いたところで、まともな答えは返ってこないぞ」

「でも、昔からみんなやってるって聞いたから」

「尾ひれはひれついた噂だな。専門家の卵として言わせてもらうが、アレは低級霊を呼び寄せるだけの危険な遊びだ。下手すれば全員死んでもおかしくない」


 死という言葉を前に、女子達全員がびくりと肩を震わせた。

 誇張表現ではない。命を投げ出すに等しい行為なのだ。みんなやっている、などという曖昧あいまいな理由で手を出して良い代物ではない。

 ミツデ様は降霊術の一種だ。有り体に言えばこっくりさんの派生形、エンジェルさんやキューピッドさんのローカル版。母校で二十年以上脈々と受け継がれる、悪しき伝統である。

 やり方も大体同じだ。交信用の紙を作り、その上にコインを配置。参加者全員の指を添わせながら、ミツデ様を呼び出す呪文を唱えることで降霊。成功すればコインに憑依し、質問すれば紙面の文字を指し示して答えてくれる。


 しかし、返答の大半はでたらめだ。何故ならミツデ様なんて実在せず、コインに宿っているのは周囲を漂う動物霊や意志なき浮遊霊。本能的に憑りつこうとしているだけなのだ。魂豊富な生身を奪うため、心のガードが薄くなる隙を伺う前段階に過ぎない。

 悲しいかな、ミツデ様の儀式失敗による事件は、毎年欠かさず報道されている。個人の悪霊なら強制浄霊できて早いが、不特定多数の霊なので性質たちが悪い。ミツデ様という概念が伝わり続ける限り、被害は永遠に収束しないだろう。

 因みに、ミツデ様自体は虚構なのだが、母校の有名怪異故か設定と想像図が存在する。曰く、この学校で行方不明になった少女の霊とのこと。頭頂部より第三の手が生えており、それを用いてコインを動かし回答するそうだ。冷静に考えなくてもシュールな光景である。


 霊能力者に説教されたのが相当堪えたのだろう。女子達全員しょんぼりしおれている。背後のななも顔面引きり二、三歩退いている。怒髪天どはつてんく勢いにドン引きしたのか。生死に関わるのだから厳格な対応も致し方ないだろう。二度と禁じられた遊びに手を出さぬよう、しっかり釘を刺す方が彼女達のためだ。たとえ、自分が嫌われたとしても。

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