第19話


「駆郎もそんなに落ち込まないで。日曜日には“キューティア”が放送するんだし、ななと一緒に元気出そ!」

「それ、お前が見たいだけだろ」


 いや、さすがにそれはないだろう。

 ななの行動にそこまで深い意味はないはずだ。勝手気ままに自分本位、至って能天気そのものである。


「やっと見られるんだもん、テンション上がり過ぎて鼻血出ちゃいそうだよ!」

「血涙流す奴が何を言う。それに、しこたまサブスクで楽しんだだろ」

「リアルタイムは格別だって、友子ちゃんに教えてもらったもーん」

「左様か」


 厄介な置き土産を残していったな、あのオタクっ娘。

 土倉友子との交流以降、ななは魔法少女ものアニメに興味津々。しかし、“見習い魔天いろは”は二十五年前の番組だ。とうの昔に最終回を迎えており、代わりに現在放送中なのが“キューティア”シリーズだった。

 そのまま諦めてくれればよかったのに。

 おかげで現行作品の履修にとスマートフォンを占領された。

 子どもの霊らしい我儘わがままっぷりだ。

 なんだかんだ言って、年相応の無邪気さなのかもしれない。

 いや、むしろ幼稚な方だろう。





 休日は“キューティア”をリアルタイムで堪能たんのうした。

 控えめに言って最高だった。

 躍動するヒロイン達に感じた高揚感を、誰かと語って共有したい。と思ったのに、駆郎はさして興味ない様子。いくら勧めてもなしのつぶて、解神秘学の参考書ばかり読みふけっていた。勉強熱心なのは良いのだが。


 ――面白いんだから、一緒に見ればいいのに。


 おかげで語りたい欲求がくすぶったままだ。

 話し相手になってくれる霊友達は既に浄霊し、かといって自分の声は一般人には聞こえない。あとは知り合いの霊能力者だが、大地と仲良く感想戦なんて絶対あり得ない。たとえ、あちらがその気だろうと断固拒否だ。

 結局、ななに残されているのは駆郎だけ。

 快い浄霊のためにしろ、悠々自適な霊生活ゴーストライフにしろ、彼なしでは成り立たない。まるで依存のようで、正直、承服しかねる。


 胸のもやもやが解消されぬまま休日は過ぎ去り、月曜日を迎えてしまった。

 先週に続いて二年三組を訪れる。逃がしたベランダの悪霊を確実に浄霊するためだ。駆郎は今度こそと躍起になっているらしく、朝からずっと口をへの字に曲げていた。


 ――ずっと隠れているつもりなのかなぁ。


 机と椅子だけの寂然せきぜんとした二年三組。悪霊の気配は感じられず、ごく平凡な教室が広がっている。

 どうやら非活性化状態らしい。悪霊はきっと、駆郎を警戒して引きこもりを決め込んだのだ。などと、現実逃避気味な憶測に走ってしまう。

 そんなはずはない。獲物を引きずり込む機会を虎視眈々こしたんたんと狙っているだけ。油断して踏み込めば悪意の魔の手が迫り来る。あの男の子は、もはや後戻りできない悪霊なのだ。気を許せばこちらが飲み込まれてしまう。


 ――あんな見た目になっているんだもん。話し合うなんて無理だよね。


 悪霊の姿が脳裏をよぎる。

 バツ印に並ぶ四つの眼球。灰色一色で鱗のようにガサガサの肌。伸ばす両腕は骨と皮だけで小枝の如し。背丈からして相手は幼児だが、あまりにも悍ましい容姿に震えが止まらない。

 意地を張り平気なふりをしてきたが、内心ビクビク、歯の根が噛み合わずガチガチガチ。見かけで判断するのは良くないが、本能的な恐れから来るものなのだ。同じ霊同士でも、分かり合える気がしない。

 

 ――ううん、こんな調子じゃ駄目だ。


 怖気づき怯えてばかりでは駆郎に笑われてしまう。浄霊の対価として助手になったのだ。口だけ達者の役立たずなんて烙印らくいんを押されたくない。霊の沽券こけんに関わるのだ。

 一騎当千の活躍をして、超絶優秀な助手としての地位を確立してみせる。


「あちゃー。悪霊は出てこないみたいだねー」

「また不意打ちをしてくるのか、それともずっと息を殺し続けるつもりか」

「霊だから殺そうにも既に死んでいるけどね」

「ただの比喩表現だ。さっきから何が言いたいんだお前は」

「ふふん。今日はなな一人でベランダの調査をしてあげようかと思ってね」


 なので、つい強がって挑発してしまう。


「どういう風の吹き回しだ?」

「だーかーらぁ、代わりに悪霊と会ってあげるってこと。駆郎が行っても多分出てこないだろうし、ここはななに任せてもらえないかな?」

「何を偉そうに……」


 一瞬、眉をひそめる駆郎だったが、


「いや、そうだな。お前は曲がりなりにも俺の助手だ。試しにやってみてくれ」


 意外にもあっさり許可を出してくれた。


「そうこなくっちゃ!」


 鳴らないフィンガースナップを一つ。

 怖がってばかり、守られてばかりのヒロインはもう古い。主人に並び立つ助手として、有能っぷりを披露してみせる。

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