第18話


「殴られたとか足を引っ張られたとか、その程度ならまだいい方だ。悪霊の中でも凶悪な連中は、生きている人間の魂をむさぼり食い、自分の魂として蓄えていく」


 時がたてば霊は自然浄霊される。しかし、悪霊は生命力と同義である魂を奪い、自身の霊としての寿命を延ばす。そしてまた悪意を振り撒き、魂を吸い上げる負のスパイラル。魂を根こそぎ奪われて殺害された事件は枚挙にいとまがない。年間の自殺者数と同数事例が報告されているとのこと。恐ろしい現実だ。

 やはり、あの悪霊は倒すしかないらしい。


「そういえばあの子、小学生じゃないみたいだけど」

「確かに、見たところ五歳……いや、それよりも小さいな。この学校だとよくあることだが」


 駆郎曰く、この小学校は特殊な立地故か、霊を寄せ集めてしまう特性を有しているそうだ。巨大な悪霊ホイホイと表現するのが適当か。学校周辺どころか街全体から霊を呼び寄せてしまう。また、その引力は絶大で、一度入ってしまえば脱出不可能。おかげで悪霊の巣窟そうくつになりがちらしい。


「でも、ななは外に出られたけど?」

「霊能力者にくっついていれば、吸引力抜群の坩堝るつぼから出られるんだよ。まぁ、俺のおかげってことだな」

「うわ、押しつけがましい」


 悪霊ホイホイから引き上げてくれた、というイメージで良いのだろうか。まるで害虫駆除に巻き込まれた哀れな小動物扱いだ。腹いせに一発蹴りをお見舞いする。


「何だよ、痛いな」

「別に」

「あんまり悪いこと考えるなよ。記憶喪失でまっさらな分、お前は悪霊になりやすいんだからな」

「はいはい、十分気を付けますよーだ」


 いちいちかんに障る小言だ。

 悪戯やどつき漫才程度なら問題ないが、明確な悪意を持てば悪霊の仲間入り。待ち受けているのは強制浄霊の末路のみだ。彼の危惧は理解できるが、そんなに信用ならないのか。それとも単に子ども扱いか。どちらにしろ面白くない。口をとがらせて不服の意を示す。

 黙っていれば好青年なのに、本当にもったいない。





 勉強会を終え、駆郎とななは早々に帰り支度を始めていた。

 ベランダの悪霊に警戒されている以上、無闇矢鱈むやみやたらに刺激するのは悪手だろう。確実に浄霊するためにも、通常通り現れてもらわないと困る。

 よって、本日の営業はこれにて終了。

 荷物を纏めて図書室を後に。委員会活動に勤しむ上級生達を脇目に、霊能力者はそそくさと退散する。


「おっと、今日はやけにお早いお帰りですね」


 昇降口にて、またしてもスーツ姿が飛び出してきた。もちろん、監視役の大地だ。相変わらず貼り付いた笑みをたたえ、蠢動しゅんどうする本心を覆い隠している。

 試験開始からほぼ毎日この場所で遭遇している。わざわざここでスタンバイしているのか。日によって下校時間はバラバラなのに。こちらの動きを察知し待ち構えているのなら、ちょっとした恐怖体験ではなかろうか。


「また嫌味を吐きに来たのか?」

「とんでもない。ただ、明日から休日ですからね。未だ一つしか解決していないのに、良い御身分で羨ましい限りかと」


 土日を挟む関係上、二日間学校には入場不可能。つまり、悪霊の浄霊を実行できるのは三日後になる。解決済みは現在一件のみ。刻一刻と期限が迫っているのに悠長ではないか。悪霊を取り逃がしたくせにそのまま帰るのか。と、大地は言外に責め立てている。

 彼の意見も一理ある。咄嗟とっさの反論は腹の内でわだかまり、閉口せざるを得なかった。

 だが、代わりとばかりに、


「何よ偉そうに。駆郎だって頑張っているんだから、ねちっこく言わないでよ」


 ななが目を三角に割り込んできた。

 真紅の瞳は普段以上にきらめき、篝火かがりびの如く赫々かくかくとしている。


「おやおや。霊の身で人間を庇うとは殊勝なことじゃないですか。出会って数日の相手を思いやれるなんて、道徳の教科書に乗せられそうですよ」

「いちいち遠回しで意味不明なんだけど。とにかく、ななの助手を馬鹿にするのは許さないんだからね」

「いや、お前が助手だから」


 フォローしているつもりか否か。本人は至って真面目なのだろうが、日頃の行いのせいで判断に困ってしまう。

 それなのに、内より湧き出る感情は、意外にも嬉しさだった。

 普段は生意気でとげばかり、面倒臭さがまさるような霊のはずなのに。


「まぁ、いいでしょう。来週の結果も期待せずに待っていますよ」


 暖簾のれんに腕押し、ぬかに釘。

 霊の怒りを意に介さず、大地は折り紙を回収して飄々ひょうひょうと去っていく。


「ふんっ。まったく失礼なんだから」

「お前も人のこと言えないけどな」


 ななは、一体なんなのだろうか。

 七不思議解決の相棒であり、自身の浄霊を望む依頼主。あくまでも一時的な、雇い雇われの関係である。その事実に変わりないはずだ。

 それなのに、手を差し伸べる彼女はまるで……。

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