第17話


 というように、霊側から物体に触れるか否かの選択が可能らしい。図鑑を読むに、これを専門用語で実体化と呼ぶ。この状態の場合、一般人でも視認が可能になる。逆に物理接触が不可能な状態――非実体化を保っていると、基本的に霊能力者にしか見えなくなる。土倉友子がこれにあたるだろう。また、霊体を空気中に拡散させた状態を非活性化と呼ぶ。こちらの場合、物体に干渉できず霊体としての形を失うも、代わりに霊能力者ですら感知不可能になる。先ほどの悪霊は、この手段を用いて逃走したのだ。

 その他、霊にはそれぞれ魂を利用した特有の能力があり、これを霊力と総称する。ポピュラーなものでは、物を浮かせたり壊したりといった、いわゆる霊動力ポルターガイストだ。生きている人間が行使する場合、霊能力または超能力として区別される。


「ふーん。こんなかんじかな」


 試しに本棚の一冊に霊力を注いでみると、触れていないのに引き抜けた。しかも、空中で浮いたまま。念を伝えるだけでページもめくれるようだ。

 自分にこんな力があったなんて。

 その気になれば悪戯いたずらし放題だ。すかした駆郎を困らせ楽しめるだろう。やった後が怖いのだが。


「霊の姿は基本的に生前、特に死亡する直前の姿になりやすい。お前の場合、記憶がないから初期値デフォルトで白いワンピースなのかもな」

「お洒落しゃれな服がよかったなぁ」

「素っ裸じゃなかっただけマシだと思え」


 デリカシー皆無な指摘をしながら、駆郎はさっさと図鑑を捲っていく。記されているのは豆知識と銘打った情報と、デフォルメされた西洋貴族のイラストだった。


「一応だが、死後以降に見聞きした物でも、霊力を練り上げれば再現可能ではある」

「そうなんだ」


 ならば早速挑戦だ。

 思い浮かべるのは、風羽が着ていた可愛らしい洋服。はためくいっぱいのフリル、胸元に鎮座するチェック柄のリボンがワンポイント。お姫様を彷彿ほうふつとさせる甘々衣装だ。

 おめかししたいと念を込めるとあら不思議。簡素なワンピースはフリルを生やし、思い描いた通りの格好に変化していた。

 こんなに簡単なのか。お着替えし放題だ。楽し過ぎてわくわくが止まらない。


「ただし、新規の物品を作成すると、生前の物以上に霊力を使うぞ。過去の事例では、元貴族の霊が流行トレンドを追いかけたせいで、瞬く間に霊力を失い自然浄霊された。なんて話もある」

「え、ちょっと待って。それ、先に言ってよ」


 調子に乗って無駄遣いすれば、すぐに寿命が尽きてしまうのだ。もっとも、既に死んでいるのだが。

 霊は現世に残り続けているだけで常に消耗する。霊力を行使し続ければ加速は必至。心が疲弊し続ければ感情も衰え、未練も執着も希薄になり、最後は自然と浄霊されてしまう。犠牲者数の割に、落ち武者や戦没者の霊を見かけない理由の一つでもある。

 一方、心が壊れてしまい、あてもなく彷徨う浮遊霊と化す事例もあるらしい。ななの場合、こちらに近いかもしれない。霊能力者や特殊な土地に引き寄せられがちで、たまり場を形成することも多々あるそうだ。


「それじゃあ、悪霊って何?」

「悪意を持った霊、だから悪霊。名前そのままだな」


 駆郎が指し示すページには、おどろおどろしい霊が何匹も描かれている。その姿は千差万別、バラエティ豊かな化け物が跳梁跋扈ちょうりょうばっこしていた。さながら百鬼夜行。ある程度人間の姿を保つ者もいれば、明らかな人外と化した者までいる。


たとえるのなら、水が冷やされて氷になるのと同じだ。水である霊体が、悪意という名の温度変化によって凝固した。だから悪霊の姿は大抵歪になるんだよ」


 悪霊の霊体変化は、抱える悪意の方向性によって多種多様。図鑑の例を挙げるなら、暴力を振るいたいがため腕や足が異常に太くなったり、暴飲暴食の願望から口や腹部が巨大化したり。その感情の強弱によって変化の度合いも上下する。

 ベランダに潜む悪霊の場合、四つ目なのは獲物を探し狙いを定めるためでは、という推測が立つ。肌が紙やすり状なのは心が荒んでいる表れか。悪霊の姿形から、悪意の原因を探る学問もあるらしい。

 図鑑の説明には、かつて妖怪と呼ばれていた化け物の内、人型は悪霊が元になったのでは、という仮説もあった。ろくろ首やぬらりひょんなどは、悪霊の目撃証言が口伝により形を変え、キャラクターとして定着した結果とされている。


「未練の解消をしないで、無理矢理浄霊するしかないの?」

「相手が聞く耳を持たないからな。歩み寄ったところでガブリ、なんて悲劇はザラにある」


 悪意の怒涛どとうに飲まれて誰の声も届かない。故に意思疎通は不可能と判断するらしい。霊能力者も人間だ。危険を冒すリスクは最小限に、強制浄霊で対応するのが基本になる。

 というのも、悪霊によっては被害が甚大じんだい、大勢の死者を出しかねないからだ。下手な優しさが更なる犠牲を生み出してしまう。

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