第16話
その
この場で強制浄霊するしかない。
ポケットより引き抜く紙片は仕事道具のお札。これを霊体にねじ込めば、悪霊は否応なく浄霊される。ベランダ生活を終わりにしてやる。
だが、
「くっ、逃げたか」
思いの
お札を取り出した時点で身の危険を感じたのだろう。即座に霧散し非活性化した。ベランダには悪しき残り香だけが漂うばかり。本体の気配は微塵もない。
十数年もの間、ベランダにいるだけの悪霊だったのだ。後ろ向きな性質も頷ける。その意味でも、突然やる気になった理由が腑に落ちない。悪霊が一念発起する何かがあったはずだ。
「ところで、だ」
足首に纏わりつく悪霊の
「お前も霊なのに相当な怯えようだな」
「べ、べべ別に、悪霊なんて怖くないんだからねっ」
豪語するななだったが、真紅の瞳は激しく泳いでいた。誰がどう見ても怖がりの反応である。悪霊との遭遇が堪えたのだろう。霊体はスマートフォンの
出会った当初、一人で学校に泊りたくないと
自身が霊だとしても、恐怖心が克服できるとは限らない。ましてや相手は異形と化した存在だ。本能的な忌避は仕方ないだろう。だが今後は、あの悪霊以上の化け物とも対峙しなくてはいけない。先が思いやられる。
「声も体もブルブルだな」
「うるさいっ!」
頭頂部より湯気を噴霧して、ななはぷんすか教室に戻っていく。
どうやら怒らせてしまったらしい。
※
夕日が差し込み
ここは図書室――の最奥部に位置する倉庫の中、貸出不可の資料や破損した書籍の修理兼保管場所である。
生徒はおろか教師も利用しない寂れた区域。
そこでななと駆郎は、“よくわかる!霊の世界”という児童向けの図鑑を拡げていた。
「今更なんだけど、霊ってなんなの?」
という疑問が事の発端だった。
駆郎は良い機会とばかりに図書室へ。図鑑を参考書にマンツーマンの指導が始まってしまった。
実施場所が倉庫になったのは、他の生徒に会話を聞かせたくないからだ。一般人視点だとななは見えず、駆郎がぶつぶつ独り言を呟いているだけ。生徒にいらぬ不安を与えないための措置らしいが、実際のところ、不審者と思われたくないのが最大の理由だろう。以前、人目を気にするよう反省を促したので、それが効いたと思いたい。
因みに図書委員の女の子から、「書庫は汚れているから気を付けて」と注意があった。実際、泥が固まった跡があちこちにある。
「じゃあまずは基本のキ、魂についてだが」
「それは知ってる。一般常識だもん」
その程度の知識なら忘れず身についている。記憶喪失だからと無知扱いはしないでほしい。
「生き物が持っている見えないエネルギーのことでしょ?」
有史以前より存在が
「ざっくり言えばそうなるな」
「じゃあ、ななみたいな霊ってなんなの?」
「ここを読めば馬鹿でも分かるぞ」
「うわ、手心の
駆郎が指し示すのは図鑑の一ページだ。死体より抜け出す霊のイラストに、状況を説明する文章が併記されている。
「端的に言えば、死者が生前残した強い感情……魂が肉体を離れて、現世に残っている状態を指す」
図鑑と駆郎曰く、霊はエネルギーそのものであり、生前と違い実体がない。これを専門用語で霊体と呼ぶ。故に、本来であれば物体に干渉不可能であり、ある意味空気のような存在らしい。
しかし、霊本人の感情によって例外は多数。触りたいという思いを叶える形で現実に干渉可能になる。実際、ななの
「なんで殴った?」
「念のため、ちゃんと触れるかなって」
「パンチする必要なかっただろ」
「馬鹿にされた分のお返しだもん」
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