第14話


「夕暮れ時だからって、なーに黄昏たそがれているんだか」


 頭上より逆さまで、なながずいと割り込んでくる。


「うるさい。計画が成功してほっとしてるだけだよ」

「なら、別にいいんだけど」

「おにーさん、誰と話してるの?」


 つぶらな瞳をしばたいて、風羽が素朴な質問をしてくる。

 彼女は霊能力者ではない。諸事情で友子のみ感知できただけ。そのため、ななを認識しておらず、大の男が一人で会話しているのを不思議がっているのだ。


「ここにもう一人、やかましい霊がいるんだよ」

「じゃあじゃあ、風羽が倒しちゃってもいい?」

「おぅ、いいぞ」

「勝手に許可しないでほしいんだけど」


 どうせ霊体なのだ。一般人に殴られる心配はないだろう。

 駆郎はぷんすかご立腹の助手を放置し、教室中央へと視線を移す。

 再会の奇跡は、既に佳境へと差し掛かっていた。


「ごめんね。友子ちゃんのキーホルダー、私が持っていたんだ」

「そっか。あはは、道理で見つからない訳だ」

「返すの遅れちゃったけど、許してくれるかな?」

「もちろんだよ。だって私達、親友だもん」


 紅花から友子へと、友情の証たるキーホルダーが受け渡される。

 それが分水嶺ぶんすいれい

 未練の解消。一年二組から解き放たれる瞬間だった。

 友子の霊体が光に包まれていく。


「ありがとう、紅花ちゃん。また会おうね」


 後悔の念がなくなれば自然と霊体も消滅する。それが浄霊だ。

 夕日に溶け込んでいく親友を前に、紅花の双眸そうぼうからは止めどない落涙らくるい。教室の床板に幾重もの飛沫しぶきが描かれる。


「約束……約束だよっ」


 声を震わせながら紅花は小指を立てる。友子もそれに応じ小指を突き出すと、生身と霊体を絡み合わせる。消えゆく霊相手では触れ合う願いは叶わぬも、二人の指は確かに結ばれていた。


「「ゆーびきーりげーんまん、うーそついたらはーりせんぼんのーます。ゆーびきーったっ」」


 誓いの言葉が教室に染み込むのと同時に、友子の霊体は虚空へと帰っていった。

 後に残るのは、一対のキーホルダーだけだった。





 土倉友子は無事浄霊されて、一つ目の七不思議が解決した。

 大鳥親子を見送った後、ななと駆郎は家路につく。

 日はとっぷり暮れて、校舎の大半は暗闇の中。心許ない明かりがぽつぽつ灯っているだけだ。相棒の背中に貼り付きとぼとぼ浮遊する。

 浄霊の瞬間を初めて見た。記憶喪失なので当たり前なのだが、衝撃で言葉を失ってしまった。

 自分も同じように消える。

 あの光景は、いつか訪れる未来なのだ。

 霊になってしまった理由――未練の正体が分からぬ内は、遥か先の話と気楽な霊人生ゴーストライフ謳歌おうかできるだろう。それでも結末は変わらない。駆郎の手によって跡形もなく消滅するのだ。その手段を問わずに。


「お疲れ様です、天宮駆郎君」


 昇降口に差し掛かった瞬間、下駄箱の陰よりスーツ姿が飛び出してきた。

 試験の監視役を務める大地だ。すれ違いざまにすりの手口よろしく、滑らかな手捌きで折り紙を回収していく。


「まずは一つ解決したようですね。随分じっくりと時間をかけていたようですが」


 折り紙を手帳の間に挟みつつ、大地は挑発的に口角を釣り上げる。


「何が言いたい?」

「いえいえ。丁寧ていねいな仕事ぶりを褒めているだけですよ」

「ここから挽回ばんかいするさ」

「期待せず待たせてもらいますよ」


 ひらひらと手帳で扇ぎながら、大地は夜の闇へと去っていく。

 幼いななでも、今のやり取りが虚飾きょしょくまみれているのだと察しがついた。ねぎらいの気持ちは一切ない。むしろ弱みを責め立てるような悪辣あくらつさが内包されている。まるで蛇だ。隙を見せれば噛みつき飲み込まんとする狩人のようである。


「あの大地とかって人、感じ悪くない?」


 我慢ならず、大声で悪態をついてしまう。相手に聞かれても構うものか。むしろ牽制けんせいの意味も込めて耳に入れてもらいたい。


「昔、色々あったからな」


 しかし、駆郎ははぐらかすばかり。肯定も否定もせずにいる。

 良好な関係とは言えないのだろうが、かといって相容あいいれぬ犬猿の仲でもなさそうだ。

 二人の過去に、一体何があったのか。

 根掘り葉掘り聞く手もあるが、地雷原に飛び込むようなものだ。下手すれば強制浄霊されかねない。まずはマザコン疑惑と初恋相手について教えてもらおうか。それも逆鱗に触れそうだが。

 

 ――もっと駆郎のことが知りたいな。


 胸の片隅にどっしり居座り離れない。

 一目惚れの恋心はまやかしだったが、では、この気持ちは何だと言うのだろう。

 ただの好奇心か、それとも……。

 気持ちの整理がつかぬまま、ななは相棒の背を追うばかりだった。

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