第13話


「随分と熱が入っていたけれど、駆郎にも思うところがあったの?」


 素直に褒めればいいのに。照れ隠しとばかりに疑惑の追及をしてしまう。

 これでは駆郎の機嫌を損ねること必至。小言が飛んでくるだろう、と覚悟していたのだが、


「いや、別に。なんとなくだよ」


 返ってきたのは煮え切らない答えだった。

 やはり、彼も過去に悔いを残しているのだろう。だからこそ紅花のために……。


「そういえば、紅花さんと風羽ちゃんって、実はそっくりと聞いたのですが」

「それはその、恥ずかしながら、昔の私は男勝りというか野生児というか」

「なるほど。要因は見た目だけじゃなかったのか」

「今でもがさつな性格は変わらないんですよね。ですから、ほら。外面は良くても、家の中はこんな有様で……」





 三度目の正直だ。

 翌日の夕刻、一年二組の教室にて。駆郎とななは二十五年間迷子の霊との面会に臨む。

 空っぽの室内に人影がぼんやり浮かび上がってくる。土倉友子だ。

 出現一番、黒縁眼鏡越しの瞳が驚愕の色で見開かれる。理由は単純明快。ここ数日とは打って変わり、訪問者が倍に増えているからだ。

 駆郎とななに加えて、暴れん坊と名高い大鳥風羽。そして、見知らぬ大人の女性の計三人と霊一匹。交友関係の狭かった彼女からすれば、緊張するのは無理からぬ話である。

 かつての親友である紅花を前にしても、友子は未だ気付かない。時の流れは残酷だ。同一人物と認識するのは困難だろう。


「一昨日ぶりだな、友子ちゃん」


 戸惑う彼女の前でひざを折り目線を合わせる。未だ苦手意識があるのか、たじろぎ半歩距離を取られてしまう。


「風羽ちゃんの隣にいる人が、誰なのか分かるかい?」

「いえ、全然。風羽ちゃんのママですか?」


 児童に同伴する大人の女性とくれば、誰もが真っ先に思いつく答えだ。そこから推測の糸を辿っていけば、おのずと真実を引き寄せられるはず。


「その通り。大鳥紅花さんだ」

「あっ、私の親友と同じ名前なんですね」


 だが、あと一押しが足りないらしい。

 さて、ここからどうアシストすれば良いものか。


「あの、天宮さん。もしかして、友子ちゃんとお話してるんですか?」

「えー。ママには見えてないの?」


 紅花目線では、駆郎が一人芝居をしているだけだろう。彼女が親友の霊と再会できるよう、止まった時を動かす必要がある。

 心配せぬよう紅花に伝えると、頭上に疑問符を浮かべる霊へと向き直る。


「友子ちゃん。君は親友そっくりな風羽ちゃんに興味を持った。それは間違いないな?」

「別人だって分かってるけど。凄く似ているんだもん」

「そのそっくりな子どものお母さんが、親友と同じ名前だった。それが何を意味するのか」

「でも、苗字みょうじが違うから」

「結婚して姓が変わる人もいるんだよ。だから、今そこにいる人は」

「もしかして、本当に紅花ちゃんなの?」

「そういうことだ」


 レンズの向こう側で、友子の瞳がキラリと色を変える。

 見知らぬ他人と認識していた大人こそ親友その人だった。

 時の流れにより断ち切られていた友情が、今ここで再び結び合わさったのだ。


「友子、ちゃん……?」


 紅花の唇より、驚嘆の吐息が漏れ出した。

 先ほどまで誰もいない空間だったのに。突如親友が現れた。しかも、四半世紀前の姿そのままで。十色の感情が止めどなく溢れ出し、ない交ぜの奔流ほんりゅうになっているのは想像に難くない。

 霊体である友子は、霊能力者の駆郎と同類のなな、そして執着の対象である風羽にしか見えない。だが、友子の中で認識が変わり、紅花が単なる女性から親友の成長した姿へと置き換わった。未練という強烈な感情の矛先が生まれ、関わりたいという意志が湧き上がったのだ。その副次的効果として、一般人の紅花にも友子が見えるようになった。

 全て狙い通りだ。

 無理を押してまで教室に来てもらった甲斐かいがあった。

 放課後の教室で、少女の霊と大人の女性が手を取り抱き合い大はしゃぎだ。涙混じりで歓声を上げる姿は、さながらりし日の仲良しコンビ。失われていた時間がようやく動き出したのだ。


「友子ちゃんってば、あの時から全然変わらないんだね」

「紅花ちゃんこそ、こんなに大きくなってびっくりだよ」

「寂しかったよね。教室に置いてけぼりにしちゃってごめんなさい」

「ううん、大丈夫。毎年新しい子が入学してくるんだもん。むしろ騒がしいくらい」

「そういえば、人込みが苦手だったもんね」

「そういう紅花ちゃんは、どこでも分け入っちゃう冒険家だったよね。私、覚えてるよ」


 再会に小躍りする両者を、駆郎は遠くよりしみじみと眺める。

 離れても途切れぬ絆を前に、羨望せんぼうの眼差しを禁じ得ない。

 真の友情を前にしては、距離も時間も些末事さまつごとなのだろう。手の届かぬ輝きがまぶし過ぎる。

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