第12話


 駆郎はこれまでの経緯について滔々とうとうと語る。

 娘の通う小学校にて、七不思議が問題になっていること。その内の一つが土倉友子の霊であること。そして、彼女がなくしたキーホルダーを探していること。

 全てを聞かされた紅花は黙りこんでしまう。無理もない。突然押し掛けてきた上、怪異絡みの話をされたら誰だってそうなる。

 解神秘学が常識になって久しいとはいえ、世の中の全員が自分事として捉えている訳ではない。違う世界の話だと認識している人も多いだろう。「知らない、分からない」と投げ出してもおかしくない。

 たっぷりと時間をかけ、事情を咀嚼そしゃくし終えた紅花が口を開く。


「友子ちゃんはまだ、天国に行けずにいるんですね」

「俺の立場からはなんとも言えません。死後の世界は現状未確認ですから。ただ、未練を残して霊になったのは、れっきとした事実です」

「ちょっと駆郎、もう少し言葉を選びなさいよ」


 気の利かぬ相棒の耳元で苦言を呈する。幸い、紅花には聞こえていない。「悪かったな」と不機嫌な視線が返ってくるだけだ。

 天国や地獄といった概念は未だ想像の域を出ていない。むしろ霊のメカニズムが解明されたため、存在しない可能性が濃厚になったほどだ。それでも、救いを求め信じる人が多いと聞く。

 自分が浄霊したあかつきには、そのどちらかに行くのだろうか。あるいは、消えた先には何もなく、ただひたすらに無なのか。答えは出そうにない。


「探しているキーホルダー、私が持っています」


 わずかな沈黙の後、紅花は意を決したように打ち明けた。

 それはまさに未練の核心。驚きを隠せぬななだったが、駆郎も同じくびっくり仰天。口をあんぐり開けている。


「今、キーホルダーはどこに」

「思い出箱の――いえ、私の部屋にあります」


 そう言うが早いか、紅花は席を立つと階段を駆け上っていく。どたんばたん、天井越しに捜索の様子が伝わってくる。何かが崩れるような衝撃と共に、彼女の悲鳴も聞こえてきた。


「風羽ちゃん、二階ってどんなかんじなんだ?」

「うーんとね、段ボールジャングル」

「なるほど、察したよ」


 ほどなくして紅花が戻ってきた。

 その手に収まるのは二つのキーホルダー。魔法少女の人形はポーズに若干の差異がある。いわゆるバージョン違いだ。


「友情の印に、この二つを交換し合ったんです。“見習い魔天いろは”の話に、友達同士でお守りを交換するシーンがあったから、その真似っこなんですけど。でも、あの日――事故が起きた日、おままごとをしている間に私のかばんに紛れ込んだみたいで、そのまま持ち帰っちゃったんです。それなのに、友子ちゃんは学校に忘れたと思って、引き返す途中で事故に……」


 真相はたったそれだけのことだった。

 日常で幾度も起きる些細ささいなトラブル。次の日になればすぐに解決して笑い話だ。しかし、間が悪く事故に遭遇してしまい、真実を知らぬまま友子はこの世を去った。ずっと自分が忘れたのだと思い込んだまま……。

 紅花は語り続ける。

 親友を亡くし塞ぎ込む自分のため、両親が引っ越しを決意したこと。転校後は友人をまた失うのではと恐れ、まともな交友関係を築けなかったこと。そして、結婚と出産を機会に、自身と夫の地元であるこの街に戻ってきたこと。

 ちょうど娘が小学一年生になり、時を同じくして新たなる七不思議が台頭し始め、霊能力者の天宮駆郎がやってきた。

 まるで、過去に残した忘れ物を取り戻すため、何かに導かれたのでは。

 偶然、必然。これを運命と呼ぶのだろうか。


「私がいけなかったんです。キーホルダーを返しそびれて、友子ちゃんをずっと教室に縛りつけてしまった。悔やんでも悔やみきれないです」


 キーホルダーを握りしめながら紅花はさめざめと泣く。嗚咽おえつを漏らす母をおもんぱかってか、暴れん坊の風羽が背中をさすっている。一方の駆郎はというと、どうするべきかと手をこまねいているらしい。


 ――こういう時は頼りにならないのよね。


 優秀な頭脳の持ち主だが、感情の機微にはひどく鈍感だ。悪い男ではないのだが、一挙手一投足から冷たい印象を覚えてしまう。

 ここは自分がフォローする場面だ。と、助言のために身を乗り出した、


「紅花さんのせいじゃないです」


 が、それを伝えるよりも早く、駆郎が口火を切った。


「誰のせいでもありません。全ては悲しい行き違いがあっただけ。だから、自分を責める必要なんてないんです」

「でも」

「それに、後悔の念があろうとも、過去にわだかまりがあろうとも、何度だってやり直せばいいんです」


 意外だった。

 彼なりに紅花の心を救おうとするなんて。

 しかし、その言葉の端々には、自分に言い聞かせるような含みも感じてしまう。


「明日のこの時間、一年二組の教室に来て下さい」


 最後に紡いだその約束は、今なお彷徨う親友を救うための契機。

 紅花は崩れるメイクもいとわず涙を拭い首肯しゅこうした。

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