第一章:一年二組を彷徨う霊

第6話


 七月初日。

 大学の講義を終えた昼過ぎ、駆郎は母校を訪れていた。本日より始まる試験の舞台、七不思議うごめく小学校である。

 校庭からは甲高かんだかい歓声が響いている。低学年クラスは既に放課後だ。各々下校したり校舎に残って遊んだりと騒がしい。かたや高学年クラスは未だ授業中で自由時間とは程遠い。しかも昼食直後だ。睡魔との激闘は避けられないだろう。

 何もかもが懐かしい景色だ。

 駆郎はさびの浮いた校門を潜り、舞台へと踏み込んでいく。


「七不思議かぁ、楽しみだな。どんなのが出てくるんだろ」


 死角より、純白のワンピースを翻し少女が泳ぎ出る。

 名無しの権兵衛改め――なな。

 駆郎の自宅にて現在居候中の霊だ。現在は未練解消の対価として臨時の助手役で奉仕中。相棒であり依頼主という不思議な関係にある。


「周囲には聞こえないだろうが、あんまり騒ぐなよ」

「何それ。子ども扱いはやめてほしいんだけど」

「実際子どもだろ」


 見た目の時点で年下なのは確実だ。「鏡を見ろ」と言いたくなるも、へそを曲げられたら面倒だ。また血涙で大惨事になる。リクルートスーツだけは汚されたくない。


「初日から霊とおしゃべりとは。随分と余裕綽々しゃくしゃくのご様子ですね」


 昇降口に踏み入れた途端、下駄箱の裏より漆黒の影が滑り込んでくる。上下共に冬用のスーツを着込んだ男だ。しかし、奇異な服装は誤差の内。それ以上に、男が見知った顔という事実で釘付けになる。


「……久しぶり、だな」

「ええ。本当にお久しぶりですね、天宮駆郎君」


 他人行儀の男は、わざとらしく仰々しいお辞儀をする。

 モデルと見紛うほどにすらりとした細身、天の川のきらめきを放つ長い黒髪。白銀に輝くメタルフレームとレンズの奥で、鋭角な瞳がぎょろりとあやしく転がる。

 男の名はともえ大地だいち

 駆郎とは旧知の仲――とは言えない、複雑な間柄にある人物である。


「まさか、お前がお目付け役……なんて言い出さないよな」

「残念ながらご名答でございます。優秀なこの私が、天宮駆郎君の試験を見守るのですよ」


 冗談ならそう言ってくれ、と頭を抱えたくなる。

 大地の近況は風の噂で知っていた。高校卒業後すぐ、解神秘学関連の商品を扱う会社に就職。駆郎よりも一足早く、新入社員として社会の荒波に身を投じた、と。

 それなのに、どうして監視役を任されたのか。

 本来であれば、ベテランの霊能力者が携わるはずだ。新人を起用するなんて前代未聞だろう。


「そちらの大学から依頼がありましてね。紆余曲折うよきょくせつあって私に白羽の矢が立ったのですよ」


 意気揚々と語っているが、実際のところたらい回しにされただけでは。といぶかしんでしまう。

 試験の監視役は後進の育成として重要だが、実態は追い出し部屋に近く、長期間見守るだけの虚しい業務だ。得られるのは名誉だけ。企業側からすれば貴重な人材が割かれて骨折り損のくたびれ儲けだ。

 故に、新入社員の大地に押し付けたのではないか。

 無論、全て推測だ。仮に事実だとしても、本人に伝えるのはもってのほか。大地自身は選ばれし者と自信たっぷりなのだ。口は災いの元。偉そうに講釈を垂れる身分でもない。


「ねぇねぇ。あの変な人、駆郎の友達なの?」

「いや、あいつは……」


 ななの問いに言葉が詰まってしまう。

 大地が友達か否か、白黒はっきり答えるのは難しいのだ。


「嫌ですねぇ。少女の霊を連れ歩くロリコンと友人になった覚えはありませんよ」

「えっ、駆郎ってロリコンなの。怖っ」


 答えあぐねていると、聞き捨てならないレッテルを貼られた。ななも勢いに乗せられ冷たい視線を突き刺してくる。

 確かに、端から見れば大学生と小学生の組み合わせだ。良くて歳の離れた兄妹扱いだが、似ても似つかぬとなれば疑われるのが現代社会。非がなくとも白い目で見られるとは世知辛い。

 だが、そもそもの話、ななは人間ではなく霊である。よからぬ目的で近づく者がいるはずもなし。

 もっとも、それを承知で敢えての当てこすりだろうが。

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