第7話


「こいつは依頼人もとい依頼霊だ。自身を浄霊するために働いてるんだよ」

「それはどうも失礼いたしました。天宮駆郎君はロリコンではなくマザコンでしたものね」

「誰がマザコンだ」


 まったくもって人聞きの悪い。

 むしろ、母親の元を離れたくて一人暮らしを始めたのだ。あらぬ疑いに不満の意でにらみ返す。

 たもとを分かって以来、大地の底意地悪さが増している。


「へぇ。お兄さんって、駆郎のこと詳しいかんじなの?」


 これまた余計なことに、ななが興味を持ったらしい。記憶喪失のせいで知識に貪欲なのだろう。どうでもいいことばかり学ばないでほしい。


「小学校からの付き合いだからね、彼の人となりは大体知っているよ。当時の成績表とか同年代からの評価とか。それに初恋相手もね」

「どんな人を好きになったの?」

「幼児期に偶然出会った女の子らしいよ。年上相手に一目惚れで――」

「その辺にしてもらおうか」


 饒舌じょうぜつに語る大地を遮り暴露大会を強制終了させる。

 これ以上続けさせてしまえば駆郎は丸裸だ。早期に黙らせるのが賢明である。


「ここから先が面白いんじゃないか」

「お断りだ。お前に話したのが間違いだったよ。昔の自分を殴りたくなる」


 ドロップキックでもなお足りないレベルの失態だろう。

 初恋相手の情報は事実だ。故に性質たちが悪い。

 振り返ってみれば大した話ではない。幼き頃、独り迷子になった時のこと。迷い込んだ公園で見知らぬ少女に出会った。その子は泣きじゃくる自分を慰めて一緒に遊んでくれた。それが初恋の瞬間だ。曖昧模糊あいまいもこな思い出。記憶の奥底に埋まったセピア色の記憶である。

 誰にでも一度や二度経験があるだろう。今更掘り返しても何の得にもならない。そっとしておいてほしい。


「ふぅん。冷血で薄情な駆郎にも、そんな可愛い頃があったなんてねー」

「今すぐ家から追い出してもいいんだぞ」

「うわ、やっぱり冷酷」


 調子に乗る居候がしゃくに障る。この場で強制浄霊してやろうか、と悪い考えが鎌首かまくびをもたげてしまう。


「まぁまぁ。冗談はここまでにしましょうか」


 散々人をおちょくった張本人が仕切り出す。

 何処どこ吹く風とばかりに飄々ひょうひょうと、手帳の間より和紙に似た紙片を引き抜く。つるを模した折り紙だ。材質は駆郎が用いるお札とほぼ同じ。霊能力者が練り上げた魂を増幅させる効果がある。

 因みに、製紙業者それぞれで製造方法に差異があり、その大半が企業秘密。仕組みに関しては完全なブラックボックスだ。霊能力者でも詳細は知らない。


「試験中は常にこれを身に着けてもらいます」


 しゅるり、と。身をくねらせるへびのような手捌てさばきで、シャツの胸ポケットへと鶴を滑り込ませる。


「監視用か?」

「もちろん。有り体に言えばボイスレコーダーですよ」


 曰く、録音機能を搭載したお札とのこと。市販品の機器よりも軽量且つ高性能のため、試験中の行動をコレに記録するらしい。これから一ヶ月弱の間、逐一回収して行動をチェックする。それが大地なりの監視という訳だ。


「一ヶ月ずっと密着取材は非効率的ですし、何より男二人べったりなんて気色悪いでしょう?」

「それには同意するよ」


 同級生に見張られっぱなしでは居心地が悪い。ただでさえ頼りない助手を引き連れているのだ。ストレスは可能な限り減らすのが吉だろう。





 七不思議解決の試験が遂に始まった。

 挑戦者である駆郎の後に続き、二階一年生のフロアへと向かっていく。


 ――なんだか、わくわくしちゃう。


 霊能力者の仕事という、特別なイベントに関われるからだろうか。

 それもあるだろう。

 しかし一番の理由は、駆郎の人となりが垣間見えたから、かもしれない。

 つっけんどんな青年かと思いきや、実はマザコンで初恋を引きずっているとは。可愛らしい一面だ。真偽不明の情報だが新しいことが知れて楽しかった。

 きっと生前も、知的好奇心旺盛な女の子だっただろう。自身の不鮮明な記憶を振り返りつつ、眼下の青年を見据える。


 ――ちょっぴり態度は冷たいけど、悪い人じゃないんだよね。


 もっと彼を知りたい。

 だが、下手に突っつけば反感を買うだろう。それに、無知でいるのは嫌だが、知り過ぎるのも逆に悪いかもしれない。

 結局、何も言い出せぬまま、現場に到着してしまう。

 一年二組の教室。

 女の子の霊が出る噂の震源地である。

 これまでの目撃情報を纏めたところ、大凡おおよそ夕方になると姿を現し、日が沈むまでうろうろと、ひたすら徘徊はいかいし続けるとのこと。

 霊なのに夜は消えてしまうのか。もしかして暗闇が怖いのだろうか。と、自身にも跳ね返る感想を抱いてしまう。

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