第4話


 彼女は霊だ、人間ではない。かといって、ぞんざいに扱えないのは世の常識。人の形をしている以上、それなりの対応が求められる。

 そもそも、霊とは何か。

 ざっくり説明するなら、独立したエネルギーの塊である。

 太古より存在が示唆しさされてきた、あらゆる生命体が放つ不可視のエネルギー。専門用語でたましいと呼称され、近年の研究により自然科学の亜種として地位を確立した。

 魂は感情と密接な関係にあり、その強弱や性質の差異から起きる現象は多岐に渡る。また、魂を視認し自在に駆使できる者を、霊能力者や超能力者と呼ぶ。駆郎をはじめとした天宮家以外にも、全国各地に異能を身につけた者が点在している。


 と、ここまでが大前提の話。

 誰の肉体にも魂が宿っているのは先の通り。基本的には、生命活動の停止と共に減退し、いずれ虚無と化す。しかしながら、死してなお残り続ける魂もいるのだ。

 それこそが霊である。

 多くの場合、未練や怨念が原因で発生する現象だ。強烈な感情の作用により現世にこびりつき、帰る場所を失い迷い続ける悲劇の存在である。


 これが長きに渡り恐れられた霊の正体。

 幽霊の正体見たり枯れ尾花、という句がかつて存在したが、真実は消え損なった感情だった訳だ。過度に恐れる必要がない現代では、新種の生物と捉える者も少なくない。

 と、長々と理屈を並べたが、要するに眼前の少女はエネルギーそのもの。人格はあれど人間とは似て非なる存在だ。しかし、霊魂れいこん愛護法がある以上、無害な霊は慎重に扱わねばならない。


「えー、面倒って言い方は酷くない?」

「事実その通りなんだよ」


 本来あるべき魂のサイクルに返すため、霊を消滅――すなわち浄霊させる必要がある。それには原因となった感情の処理が不可欠だ。

 未練の解消である。

 通常であれば霊の心に寄り添い、願いを代行する姿勢が求められる。無論、害意振りまく悪霊相手なら手順を省いて良し。害獣駆除同様、強制的に浄霊する流れとなる。だが逆に、善良な霊相手に強制浄霊は御法度だ。霊魂倫理に反してしまう。解神秘学連合――通称ExOU(Explained Occultism Union)から永久追放されてもおかしくない。

 故に、記憶喪失の霊は面倒なのだ。

 未練の原因を探ろうにも手掛かりはなく、かといって強制浄霊をすれば不利益を被る。良心の呵責かしゃくはあるものの、知らぬ存ぜぬが身のためである。


「ねぇねぇ、駆郎。お願い、どうにかできないの?」


 あどけない瞳を輝かせて懇願こんがんする少女の霊。しれっと呼び捨てだ。年上相手に敬意の欠片かけらもないらしい。


「お前はどうしたいんだ?」

「そりゃあ、浄霊? ……ってやつで、スッキリさっぱりしたいかな」

「だよな。聞くまでもないか」


 思い残したことがあるから人は霊になる。

 願いあるいは欲望を叶えたいのが本能なのだ。


「じゃあ、お前が自身の浄霊を依頼した。って扱いでいいんだよな?」

「うん、そうだけど」

「それなら相応の対価を払ってもらうぞ」


 七不思議の解決は試験だが、少女の依頼は完全に別件。浄霊を望むなら、釣り合う分のギャラを払ってもらう。ボランティア任せで通るほど世の中は甘くない。

 実際、駆郎は生活費のためにアルバイトをしている。大学が斡旋あっせんする簡単な怪異案件だ。大半が動物霊相手の仕事だが、最低限の日銭としては十分な報酬。少女の願いも同等か、それ以上の仕事として引き受けたい。


「でも、お金持ってないよ?」

「さすがに期待してないぞ」


 子どもの小遣いをむしり取るほど落ちぶれてないし、記憶喪失の霊が支払えると思うほど馬鹿でもない。

 では、何を対価にするかというと。


「俺の助手をしてもらう」


 七不思議の解決に協力してもらう。

 大学より課された試験、その合格条件は「依頼を解決する」ことだけ。常識の範疇はんちゅうであれば方法は問われない。むしろ、野良の霊を従える霊能力者として、大幅な加点もあり得るだろう。

 厄介な霊に絡まれたが、存外使える奴かもしれない。


「うん、わかった。駆郎のお手伝いをすればいいんだね」


 少女は二つ返事だった。

 思慮深くないのは本人の資質か、あるいは年齢もとい享年のせいか。何にせよ、素直なのは良いことだ。呼び捨てなのは若干気に障るが。

 そういえば、重要なことを忘れていた。


「お前の呼び方なんだが」


 一時的とはいえ、相棒相手にずっと名無しでは何かと不便だ。

 記憶を取り戻すまでの、仮の名を与えなくては。


「なな、ってのはどうだ?」


 名無しのなな。七不思議のなな。

 由来としてはそんなところである。


「わぁ、可愛い名前。、とっても嬉しいっ!」

「喜んでもらえたのなら何よりだ」


 早速一人称に使用するとは。

 いい加減に名付けたのだが、本人が納得しているのなら良かった。どうせ期間限定の相棒だ。じきに真の名を思い出し、自然と浄霊されるだろう。

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