第3話
腰まで伸ばした黒髪が、月明かりを反射し淡く青みがかっている。真紅の輝きを
さて、彼女は何者なのか。
答えは一つ、霊である。
実体のない眼差しが、じっとこちらに注がれている。
「……――ぁ」
何か伝えたいことがあるのだろう。だが、少女の声はさっぱり聞き取れない。パクパクと薄桃色の唇が開閉するばかりである。
この霊は、一体誰なのか。
七不思議に数えられる怪異ではないだろう。容姿と挙動、いずれも噂のどれにも当て嵌まらない。となると、
――試験と無関係なら放っておこう。
駆郎は
七不思議の相手だけで手一杯だ。副業をする余裕はない。よって、完全スルーを決め込んだ。
校長に一言お礼を伝えると、足早に母校を後にする。
次に来るのは試験初日だ。全力を尽くして七不思議を解決しよう。
だが、その前に。
後をつけてくる少女の霊にどう対応するか。それが問題だ。
※
麗しい青年との出会い。
ときめいた少女の恋心は疾風迅雷の勢いで鎮火した。百年の恋どころか、一秒の恋も絶対零度の乱高下である。
――酷い。酷すぎる。
青年に対する印象を一言で表すのなら、冷血漢。
熱く
――完全無視なんてホント信じられない!
霊が見えないのなら仕方ない。近づいたこちらに非があるだろう。
だが青年は、ばっちり視線が合ってから、しれっと
見て見ぬ振りなんてあり得ない。うら若き乙女の自尊心が激しく傷ついた。許すまじ。こんなのに一目惚れした自分のチョロさも腹立たしい。
なので、嫌がらせに青年を尾行した。そちらが無視するなら、どこまでも追いかけてやる。否が応でも関わってもらうのだ。
「まったくもうっ。顔と中身は一致しないのね」
青年に聞こえぬよう小声で悪態をつく。
もやもや、むかむか。
目を三角にしながら尾行を続けていると、青年は寂れた田舎の住宅地へ。行き先は築うん十年のオンボロアパートだ。どうやら彼の自宅らしい。二階一番端の部屋に入っていく。
「よーし、一言……ううん、三言くらい文句言ってやるんだからっ」
扉横のポストには居住者の名前が記されている。
天宮駆郎、というらしい。
名前は格好良いが、中身は冷え冷えドライ系男子だ。それとも、自分以外の女子は、そういう男子が好みなのだろうか。恋人は中身を重視だ。外見だけに惚れると、いつか手痛い失敗をするだろう。と、数十分前の自分を棚に上げてしまう。
鼻息をふんすと鳴らして扉へ突撃。霊体なので、すり抜けられるのは先刻通り。
押しかけ居座り猛抗議の時間だ。
「不法侵入のつもりか」
「うひゃあ!?」
扉を
当初の意気込みは遙か彼方へ吹き飛んだ。悲鳴を上げて
「もしかして、尾行バレてた?」
「むしろ何故気付かれないと思った」
凍てつく憤怒の影を前に、霊の身でありながら
彼の逆鱗に触れれば命はないだろう。既に死んでいるのだが。
「どういうつもりなのか、洗いざらい話してもらおうか」
※
まさか自宅まで
子どもらしく早々に飽きると
親元から離れたい一心で一人暮らしを始めて三ヶ月ほど。初めて家に上げたのが友人でも恋人でも、ましてや身内でもなく、見ず知らずの霊になるとは。しかも圧倒的に年下だ。霊相手でなければ警察
溜息しか出てこない。
狭いリビングでちょこんと正座する少女の霊。母校の廊下にて遭遇したばかりの赤の他人だ。そのため絶賛取り調べ中。どこの誰で、どうして尾行したのか問いただす。
「……つまり、お前は記憶喪失の霊なんだな」
「そうなるかな。えへへ」
「笑っている場合か。大問題なんだよ」
話を聞く限り、どうやら彼女は記憶がないらしい。言語能力や一般常識は残っているが、自身の情報に繋がる要素はてんで駄目。
「まったく、面倒だな」
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