第18話 悪役令嬢達はショッピングデートをする その二

「あ……は……して……」

「さっきから何言ってるか分からないなぁ。さぁ、早く行こうか」


私は力も出せず、声も出せず、魔法も出せない無力のまま名も知らないナンパ男に連れられていた。……いや、髪を引っ張られていた、と言った方が正しいか。

……痛い、怖い。お願い、誰か……助けて。


「……ちっ、遅ぇな。ほら、早く行くぞ」

「きゃっ!」


……男は半分表れていた本性を表した。怖さで足がすくんでろくに動けない私に、その男は殴ってくる。そうして私は地面に倒れる。

痛い、痛い。……ほら、やっぱりすぐ殴る。そうやってすぐ殴って私を支配しようとする。殴れば私が全て受け入れるとでも思ってるのかな……私はモノじゃないのに。

そうして倒れた私をまた殴ろうとした男の手は、宙で止まる。

不思議に思った私は目を開けると、走ってきたのか風に揺れる白いサイドテールが見えた。


「な……止めただと!?」

「そこの下賎な男……今すぐ彼女を渡しなさい」

「り……りぃ?」

「な、なんだお前。この嬢ちゃんの連れか?……お前が誰か知らないけど、この嬢ちゃんは俺の誘いに乗った。ちゃんと「はい」って言ったんだよ、だから渡すことは無理だな。」

「本当ですか?ローズ様」


私の目の前に立っているリリーからそう問われて、私は精一杯に口を開けて言葉を発する。……言うんだ、違うって。助けて、って。


「ち……が、う……た、す……けて」

「……こう言っていますが?……彼女、とても泣いていますよね。助けて、とも言っていました。つまり、嫌がる彼女を無理やり連れていった……という事ですよね。それに、私わたしが今止めているこの腕と彼女の腫れた右頬……何度か彼女を殴ってますよね。さぁ、言い逃れはできません。彼女を……ローズ・コフィール様を今すぐこの私の……リリー・クレスアドルのもとに寄越しなさい」

「ろ、ローズ・コフィール様……にリリー・クレスアドル様!?ま、まずい!逃げないと!国外追放だけは勘弁だ!もう絶対手を出しませんのでお許しを!」


……と言って、男は逃げていった。

リリーの近くで私は動けず、言葉も途切れ途切れのまま、ずっと涙を流すことしか出来なかった。……情けないな。マイやイリア達を守りたいっていう望みもできたのに……あぁ、ダメだな、私は。あはは……どうしよう。前世の頃の気持ちがどんどん甦ってくるよ……


「……もう安心してください。私がついてますよ、ローズ様。」


リリーは私に手を差し伸ばす。私はその手を取り、何とか起き上がる。そしてリリーと一緒に近くのベンチまで行き、腰をかける。


「もうリリー様!急に走ってくから驚きました……ってローズ様!?どうしたんですか!?」

「……事情は後で説明します。マイ様、水を買ってきて貰えるでしょうか?出来れば、なるべく早めに。」

「……わかりました!直ぐに戻ってきます!」

「え……?」


私は驚く。何故なら私の視界に写るリリーと紗蘭の姿が重なったから。前世でも本当に似たような事が、部活の何人かで買い物に来ていた時にあった。その前世でも、こうして私は男に連れられて、殴られていた。そうして紗蘭が助けてくれた。

その時に紗蘭がほとんど同じような事を言ってた。

「……事情は後で説明します。先輩、後で私が払いますので少し水を買ってきて貰えないでしょうか。できる限り早めで。」

……これが、紗蘭が言っていた言葉だった。……きっとただの偶然だろう。私は今普通のルートから逸脱してるんだ。だから何が起きてもしょうがない。


「……リリー様!買ってきました!」

「ありがとうございます、マイ様。さぁローズ様、お飲みください。きっと落ち着けますよ。」

「……けほっ、けほっ……」


私はリリーから水を貰ってそれを口に運ぶ……が、まだ過呼吸が収まっておらずむせ返ってしまった。


「すいません、急な事で私もどこか急いていました……ローズ様、一回深呼吸をしましょうか。はい、すー……はー……」


リリーに言われるがまま、私は深呼吸をする。……今はリリーとマイがそばに居てくれるからだろうか、私はすぐに落ち着くことが出来た。


「本当にありがとうございました、リリー様。それと、すいません……本当に情けないところを見せてしまいました。」

「……そういえば、何があったんですか?もちろん、無理に話さなくてもいいですよ。」

「……頑張って話すよ。えっとね、実は……」


……それから私は、度々リリーに支えられながら私がナンパされた全てをマイに話した。髪を掴まれたこと、殴られたこと、リリーが助けてくれたこと。


「……って事があったんだ。」

「本当に危なかったですわ。私わたくしが気づかなかったらどうなっていたことやら……」

「リリー様って怒るとあんなふうに話されるのですね。」

「それは……失礼しました。私は……本当にナンパが嫌いなんですの。……ここよりも遥か遠い地にいる友人が、昔ナンパにあって沢山苦しんでいましたから……」

「いえ、謝ることは何も無いですよ。さっきのリリー様、凄いかっこよかったですし……」


やっぱりまだ怖い気持ちが残ってるのかな……涙が止まらないや。……早く泣き止まないと。みんなに迷惑かけちゃう。


「……ローズ様、私の胸を使ってください。四年前の恩返しです。」

「……ありがとう、マイ。それじゃあ、ちょっと失礼するね。」


それから私はマイに抱きついて、5分ほどマイの胸で静かに泣いていた。マイの胸はとても暖かくて、さっき甦ってきた前世の自己嫌悪も全て切り捨てれた。そうして私は、やっと完全に気持ちを切り替えることが出来た。


「あはは……ありがとう、マイ。マイのおかげでスッキリしたよ」

「ローズ様のお役に立てて何よりです。それにしても……凄いですね、リリー様は。きっと私だったらそのまま魔法使ってたと思います……」

「……正直、私も魔法使ってやりたいくらい頭に来てましたわ。本当にローズ様になんてことを……」

「あと、何度も言いますけど本当にありがとうございました、リリー様。ほんとにリリー様が来てくれなかったら今も苦しんでたかもしれません。」

「いえ、当たり前のことをしたまでですわ。……それと、私の事はリリーで構いませんわ。……その分、私も好きなように話させてもらうから……ね?他のみんなと同じように、お互い気楽に話そうよ。私達は友達なんだから」

「じゃあこれからはリリーって呼ばせてもらうからリリーも私の事はローズって呼んで。……あ!そういえばイリアを待たせっぱなしだ!急いで戻らないと!」

「あ、こらローズ!私達から離れないで!」

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