契約
続けざまに百千万億生徒会長は告げる。
彼の興味を惹いたと、その瞳を以て理解した。
「キミの父親は、ただ快楽の赴くままに、衝動に呑まれて殺しをしたかどうか、と言う話だ」
それが、不死川命に食い付く内容だろうと確信しての事だった。
その通りに、背けていた不死川命の姿勢が、百千万億生徒会長に向けられる。
「先程も言ったけれど…ボクは情報を知っている、不死川命の関連情報もおまけでつけてくれたからね…キミは、本当に父親が、最悪の人物であったのかどうか、知りたくはないかい?」
そう生徒会長は言う。
広報委員から得た情報の全てを、今不死川命に授けようとしている。
だがそれは、あくまでも交渉の道具であり、全てを曝け出す事はしない。
あくまでも、彼が興味を引く事が大事なのだが…予想以上に、不死川命は百千万億生徒会長の言葉に釘付けだった。
「…そんなの、嘘だろうがッ」
思わず、声をあげた。
今まで自分が信じていたものが、全て違うなど、有り得ない事だ。
だが…もしも、百千万億生徒会長がことの事件の真相を知っているのであれば…不死川命はそれを知りたい。
何故ならば、彼自身も、その事件の当事者でありながら、記憶が朧気だった。
覚えている事は、父親が自分以外の家族を殺した事。
そして血に濡れた状態で、不死川命に微笑んだ事だ。
それ以外の記憶は無い。
血に汚れた父親の顔しか思い出せない。
もしも、この記憶が、幼い頃に見間違えた事であるならば。
不死川命は…自分の人生を無駄にしても、それを知りたいと思ってしまう。
逆を言えば、不死川命が今まで恨み続けていた事が、無駄になる。
怒りを失えば自分の人生の意味を見失ってしまう。
だから、知る事が恐ろしいとも思っている。
そんな不死川命の虚勢にも似た怒声に、百千万億生徒会長は答える。
「いいや、情報源は確かなものだ、それだけはボクが断言出来る」
そして、全てのカードを出し尽くした末に、改めて場を整える。
そのまま、百千万億生徒会長が欲する対価を改めて口にした。
「捜索隊へ入れば、本当の話を教えよう、それとも…自分が構築した憎き父親の想像を抱きながら、死ぬまで否定し続けるかい?」
今度は、不死川命は狼狽する。
このまま、頭を悩ませてしまう。
知りたいが、知れば、自分がどうなるか、分からない。
恐怖すら覚える、心臓が不安定な音を鳴らしている。
このまま、不死川命は口元を手に沿えて黙る。
「…待て、待ってくれ、少し、考える時間を」
考える時間が欲しい。
その言葉を遮り、百千万億生徒会長は早く答えを出す様に急かした。
「悪いが、此方にはそれが無い、早急に決断して欲しい」
一秒たりとも無駄には出来ない。
それは、彼に時間を与えればどの様な答えが返って来るか分からないこと。
そして、時間経過と共に、彼の計画が崩れる事もあった。
「…(親父が、俺の知る親父が、まったく別だって言うのか?じゃあ、俺は何の為に、親父を…否定しようとしていたんだ…嫌おうとしていたんだ?)」
一秒が長く感じる。
不死川命は、最早答えが決まった様なものだった。
ゆっくりと、思考と共に沈んだ顔を上げて、百千万億生徒会長を見る。
先程の様な、反抗的な目では無かった。
「…生きる事も、死ぬ事も、俺にとってはどうでもいい」
今までの自分の全てを否定されても。
彼は真実を知りたい、それが、不死川命の選んだ答えだ。
「だけど、そんな人生でも、納得したい事がある」
ゆっくりと、不死川命は百千万億生徒会長に向けて手を伸ばす。
それは、契約成立を意味する握手である。
「約束して欲しい…捜索隊、引き受ける代わりに、教えて欲しい」
その手に、百千万億生徒会長は、自らの手袋を外して、彼の手を握った。
「…捜索隊に参加して、無事に生きて返ってくれたのなら、報酬を授けよう」
強く握り締めて、百千万億生徒会長は約束をした。
「約束する、不死川くん」
こうして、不死川命は探索隊の一員として選定されるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます