SSSランク

体育館から外へ出る生徒を見届けながら、百千万億生徒会長は再び話を戻す。


「さて…話を折ったが、物集女部長、この迷宮から脱出する手立てはあるのかな?」


穢土回廊。

魑魅魍魎を外へと出さぬ様に作られた迷宮。

此処から外へ出る方法があるのかどうかを彼女に聞いた。

物集女美夜古は古書を捲りながら中身を確認しながら言った。


「文献上では、迷宮へ迷い込む事は出口の無い通行であり、出口は無いものとされている…まあ、封印目的で作られたのだから、化物が出て来る出口なんて作れないでしょうけれど」


彼女の言葉は、即ちこの迷宮から出る方法は無いと言う事だ。

絶望が押し寄せる結論だが、百千万億生徒会長は涼しい顔をしていた。


「それは困った…では、この地で全員、化物に喰われるのを待つのか、それか食料が尽きて餓死か、と言う事かい?」


本当にそれしか方法が無いのか。

それを聞くと、彼女は首を左右に振る。


「手立てはあるわ…封印は外側と内側、両方に施されている、外側の封印が解けた事で、校舎全体が迷宮内部に流れ込んでしまったと考えると、内側の封印を解けば迷宮内部の化物が外へ出て行こうとして…」


彼女の答えに変わる様に、百千万億生徒会長が言う。


「それで出口が作られる…と言う事か、…非常に危険な話だ、あんな化物が、現世に出現するなんてね」


もしも封印の礎となるものを破壊してしまえば、校舎に居る生徒は助かるだろう。

だが、小鬼や、それ以上の化物が現世へと進出してしまう事を考えると、数千万以上の国民を危険に晒す可能性がある。

千人近い生徒の命を犠牲にすれば、話はこれで終わりだろう。


「まだこれは一つの手よ、少なくとも、封印の結界が緩んでいるから校舎ごと迷宮に取り込まれてしまった、だとすれば、抜け道がある可能性は無くはないわ…それでも」


彼女の視界が遠くを見つめた。


「その抜け道を探す為に、迷宮内部を散策しなければならないのは確実でしょうけどね」


化物が蠢く場所へと、生徒の何れかが死地へ赴かなければならない。

危険を冒す行動であり、生徒会長としては生徒を犠牲にする様な結論はなるべく避けたかったが…。

いずれにせよ、決断しなければならない。

時間が経過すればするほどに、未知の危機が迫る事は確実だ。


「探索隊の結成、か…まったく、実に恐ろしい事だ、未知の空間に足を踏み入れる、開拓の精神が必要となる」


だからこそ、百千万億生徒会長は決する。

教壇の上から、彼は一人の名前を口にした。


「生徒会書記兼広報委員、文違ひじかい書記」


その言葉と共に、垂れ幕の隙間から顔を出してくる一人の女性が居た。


「はいっす!呼びましたか会長」


常に近くで待機をしていた文違鳩子だった。

生徒会長は、彼女に向けて話を始める。


「人選を決める、探索隊に適した人材を紹介してくれ」


その言葉に彼女は満面の笑みを浮かべた。


「了解したっス、では、生徒会と広報委員会の条例に従って、情報開示するっスね!」


彼女は生徒会長以上に生徒に精通している。

この場で、誰が適任かを選定するのだった。


広報委員会。

様々な情報が生き通う八百万学園での情報機関に該当する。

更生された役員の多くは情報系に精通した家系の出自であり、広報委員会の才能を駆使して構築された『情報金庫』では生徒の情報はおろか、有名人の黒い噂すら網羅している。

その中で、彼女、文違鳩子は広報委員会と生徒会の橋渡しとして生徒会書記として活動していた。


「先ずは、鬼とか化物とか出る以上、道中は危険でいっぱいっス!なので必要なのは化物をぶちのめせる武力っすよね!!」


喜々として語る彼女は最初から用意していたかの様に写真を取り出した。

最速で現像出来るインスタントカメラで撮った写真であり、それはつい数時間前の写真だった。


「ご紹介出来る人材は現段階では三人っス」


写真に写る生徒の紹介を行う文違鳩子。


「今回の襲撃事件にて、多大な小鬼を倒した超逸材っスね」


一枚目は、背の高い美丈夫。

木刀を持ち、小鬼の頭部を叩き潰す姿が写った男子生徒だった。


「先ずは剣道部主将、『活人鬼かつじんき』の阿久刀あくた壱心いっしん先輩っスね!」


年がら年中、胴衣を着込んでおり、常に戦闘態勢な剣道部主将。


「木刀で小鬼をバッタバッタ叩き殺して沢山の小鬼を討伐したっス!」


涼しい顔をしておきながら、生物を殺す事に頓着が無さそうだった。


「話によれば家庭の一環で熊を刀で倒した事もあるみたいっスねぇ」


阿久刀家は代々剣術の家系であり、古来から続く剣の儀式と言うものがある。

その一環として大熊を日本刀一つで倒さなければならず、儀式に達成すれば一人前の日本男児として認定されるとの事だった。


「次は応援部部長『応援団長おんきょうへいき』の轟鬼とどろき響鬼ひびき先輩ッス!」


巨躯、筋骨隆々の男の写真だ。

応援団長と名前が付く為に、その恰好も黒色の長ランに手袋、鉢巻きをしている。

口を大きく開き、声を荒げている様な姿が写真に写っていた。

彼女は楽しそうに喋っている。


「常人離れした声帯と肺蔵を持ち、トップクラスの背丈と筋肉量を誇る人間音響兵器、スタングレネード以上の怒声で多くの小鬼たちの心肺を停止させた凄い人っス!!」


最早人間業では無い。

だが、人間を超えなければ応援など出来ないのだろう。

轟鬼響鬼は、『応援する側は、応援される側よりも過酷な状況で無ければならない』と語っている。

どの様な状況であろうとも、初回から全力で応援し、終了するまで声を絶やさぬ様に応援をし続ける。

『全力全身全開全霊の応援弾幕』こそが、轟鬼響鬼の座右の銘であった。


「クロスボウ競技金メダルを受賞した母親と伝説のマタギの血を持つハイブリット、『射巫女いるみこ』の弦弓つるゆみつき先輩ッ!」


眉目秀麗の森の美女と呼ばれた弦弓月は、現在は弓道部に在籍している。

弓を使うが、基本的に彼女の使用する道具はクロスボウであり、現在は所持する事が違法である為に学園に持ち込む事が出来なかった。

なので、文違鳩子が選定した中では先述の二人よりかは実力は劣るが、それでも中距離、遠距離が使用出来る人間は多いに越した事は無かった。


「どれも対人戦ランクならA級を誇る強者たちっス!!うーむ…これは悩みドコロっすねぇ!」


腕を組みながら文違鳩子はどれにするか悩む表情を浮かべている。

しかし、百千万億生徒会長は彼女が紹介した人材に対して不服そうだった。


「…今回の捜索隊では、先ず確実に本拠地へと戻って来れる人材が必要だ」


学帽を脱ぐと、前髪を掻き揚げて帽子を被り直す。

足を組み直して手の指を組むと、百千万億生徒会長は彼女に告げる。


「出し惜しみ無しで、交渉しようじゃないか」


それは、更なる情報を求める、と言う事だった。


百千万億生徒会長は体育館に居る生徒たちに向けて言う。


「今後、広報委員会に対して食料を優先に回し、更に広報委員会を他の委員よりも会費の上乗せを条件に、現時点での情報制限の規制を緩めて欲しい」


その言葉は、恐らくは生徒の中に混じっている広報委員会の委員長に対しての言葉だった。


「その対価としてAランク以上の情報開示を求める」


隣に居る文違鳩子は腕を組んで唸り声を挙げる。


「うーん…委員長はどういうっスかねぇ…ふむ、分かりましたっス!委員長はそれで良いとの事なので…」


そして、間髪入れずに断言した。

携帯電話やインカムなどで意思疎通をしたのかは不明だ。

だが、彼女がそう言った以上は、委員長もまた彼の要求に同意したのだろう。



「更に、情報開示を行うっス、但し…会長には選択して貰う事になるっス!」


学生服の内側に手を入れると、其処から引っ張って来たのは茶封筒だった。

随分と用意が良いが、その事を聞く程、余裕があるワケでは無い。

茶封筒は五つあった。茶封筒を扇状に広げて百千万億生徒会長に向ける。


「この五枚の封筒の中には、対人戦ランク『Sランク』から『SSSランク』の激ヤバ生徒の情報っス」


百千万億生徒会長は眉を動かした。

彼女が言う生徒の情報とは、それ即ち、表社会では無く…裏社会に通じる生徒であると言う事だ。


「会長なら既に知ってると思ってるスけど、八百万学園は表社会にも裏社会にも通じる巨大なパイプがあるっす」


創業二百年の歴史を持つ八百万学園。

元々は寺子屋から続き、塾へと名前を変えて、最終的に学園と言う名に変わった。

歴史的人物は皆、八百万学園に在籍していた生徒が多く、基本的に表社会のみに精通していたのだが。


「学園長が目的とする『表裏統一計画』は、八百万学園出身者を全ての社会のトップへ立たせる事で、八百万学園の存在を絶対不動のモノにする事、その為に、人材育成として、裏側の住人を生徒として援助してたっス」


現学園長の意向により、三十年前から計画が開始されている。

八百万学園による日本社会の征服を目論んでいたが、それは今では夢の泡となってしまったが。


「そして、一般枠、特待枠、勧誘枠で、会長すら知らない裏の素性を持つ生徒の情報が、この封筒の中に記載されてるっスよ」


彼は自らを支持する生徒の顔と特徴は覚えている。

しかし、それ以外の人間は深掘りして行かなければ素性が見える事が無い。

同時に、『表裏統一計画』は生徒会長であろうとも詳細が白紙のままだ。

個人的に調査でもしない限り、全貌を知る事が出来ない。

そして計画を探ると言う事は、八百万学園に疑惑を持つと言う事だ。

学園長からの圧力があれば、生徒会長と言う座など簡単に剥奪される。

それでも、百千万億生徒会長は個人的興味があったので探ってはいたが、裏側の生徒と邂逅する機会は無かった。


「…そんな計画を、キミの委員長はどうやって知ったんだろうね」


逆に、生徒会長ですら知る事の出来ない『表裏統一計画』の情報を知る事が出来る広報委員の委員長は、何処まで知っているのか知りたかった。


「あらゆるネットワークを駆使し、人間の労力を使って情報を根こそぎ奪い取る…広報委員委員長もまた、裏社会の人間っスから」


微かな情報だけを口にして、改めて彼女は茶封筒を百千万億生徒会長に差し出す。

指を伸ばし、茶封筒を摘まもうとして、彼は文違鳩子に聞いた。


「この中から、一枚だけ?」


「二枚だけっス、情報開示は、二人だけっスね」


二枚。

つまりは、裏社会の人間を、二人だけ知る事が出来る。

重大な状況であり…百千万億生徒会長は、慎重に二枚を引いた。


そして…現在。

情報を仕入れ、裏社会に通じる不死川命を引き当てた。

不死川命。

彼は自分が殺人鬼の父親を持つ事を知っている。

同時に、父親と同じ殺傷衝動を宿す事も理解していた。

だが、彼の出自、不死原一族の事は何も知らない。

彼は裏社会の人間に属しているが…彼は自分が何者であるかを知らなかった。


「さあ、上がってきたまえ」


百千万億生徒会長に言われて、生徒の視線が彼に向けられる。


「不死川生きてたのかよ…」「死んじゃえばよかったのに…」「バケモノより、あいつの方が恐ろしいじゃねぇか」「勘弁してくれよ…」


多くの生徒の悲願の声が募る。

その声は、不死川命にとっては聞き慣れたものだった。

だけど…近くに居た柊麗にとっては耐え難いものだ。

言ってみれば、不死川命は命の恩人である。

彼が居なければ、彼女は今頃、小鬼たちの群れに滅茶苦茶に犯された末に殺されていただろう。

だが、彼が助けに入って来てくれたから、彼女は死なずに済んだ。

そんな不死川命が、殺人鬼の血筋だからと言って、侮辱される事は決して許せなかった。


「~~ッば、」


だから憤慨した。

体育館に居る生徒に聞こえる様に。

下品に、彼女らしからぬ言動で。


「ばっッッか、じゃ、ないですかッ!!!」


全校生徒に向けて、罵倒を口にする。

私の命の恩人を、馬鹿にするな。そう言う意味を込めての言葉だった。

だが、何故彼女はそんな台詞を吐いたのかは、事情を知らない生徒からは分からない事だった。


「えぇ…なに?」「あれ、柊さんじゃないか?」「なんで不死川に抱き着いてるんだ?」「どうしたの柊さん…」「危ないよ、柊さん!!」


誰も彼もが彼女の事を心配する。

不死川命を蔑ろにしている行為に腹立たしく、頬を膨らませて嶮しい表情を浮かべていた。


「びっ…くりした、どうしたんだよ」


そして、隣に居た不死川命は驚きの表情をしていた。

当然である。

近くに居た彼女。

先程まで大人しかったのに、急に叫んだのだ。

不意を突かれて、耳元がキーンと音を鳴らしている。


「だ、だって…不死川さん、は」


私の命を救ってくれた。

と、彼女は最後まで言う事は無かった。


「これが俺だからな、今更…他人の評価なんて、どうでもいい」


それが不死川命の本心だった。

そう思わざるを得なかったのだ。

何とも、悲しい事だと柊麗は思ってしまう。


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