第14話 呪いは秘して行うもの
確と神主が作った夕飯を食べ、私が洗い物を終えると、居間のソファーに三人揃って腰を下ろした。
「確君は料理が上手いな。手際もいいし。いい夫になるぞ」
初め小野寺君と言っていたのが、もう確君になっている。
「ありがとうございます。誰かさんと違って器用なだけです」
「何さ! 私だってポテトサラダ作ったでしょ!」
「忘れたのか。おまえは芋を潰しただけだ。粉々にな」
「私もポテトサラダは粒が残っているのが好きだな」
神主まで確に味方する。
「分かりましたあ。すみませんでしたあ。以後気を付けますう」
ふてくされた私を完全に無視し、確は神主に自分のスマートフォンを手渡す。
「これなんですが、見て頂けますか」
「あー、なるほど。密教の調伏法で間違いないだろう」
旧校舎の屋根裏で撮った写真を、拡大してじっくり観察する。
「こんなものが旧校舎の屋上にあったとはな。驚きだが、旧校舎は明治の建築だ。明治時代ならば、それほど不思議はない。維新政府が反抗を続ける東北諸藩を調伏するよう、江戸の寺院に護摩祈祷を命令したのは有名な話だし」
どこか声が弾んでいる。工事は雨の影響で当分の間延期になった。
「政府が呪いで敵を打ち負かそうとしたんですか?」
「そうとも。何なら第二次世界大戦の時だって日本軍は、……関係ない話は止めておこう」
咳払いしてから話を続ける。
「調伏法は不動、金剛夜叉、降三世、軍荼利、大威徳明王の力を借りて行う。五大明王を総動員させることもあるし、そのうち一つのみでもいい。中でも大威徳明王は悪魔降伏、人魔降伏に絶大な効力あると言われている。周りの綱と人型は外敵の侵入を阻むための呪的なバリアだ」
スマートフォンを確に返し腕を組んだ。
「しかし単純にあの女の霊とこれを結びつけていいものだろうか」
「現に私たちは、学校内で二度呪符を仕掛けられてる。一度目は保健室、二度目は旧校舎の庭で。朱緒に憑いた悪霊は、呪術のスペシャリストよ」
「ではあの女の霊が調伏法を行っていたとして、呪った相手も人ならばとっくに死んでいるはず。霊魂がこの世に留まるにはそれなりの強い思念が必要だ。……未だに留まる理由はなんだろうか」
首を傾げテーブルから湯呑を取り上げる。音を立てて茶をすすり、口を火傷したのか顔を顰めた。神主の方へ体を傾け、確が言った。
「実は、自分も引っかかるんですよ。旧校舎が使われていたころから地縛霊みたいにじっとしていたくせに、なんで今頃になって高屋敷に憑依したりしたんでしょう? 行動がちぐはぐだと思いませんか?」
「ちょっと待ってよ」
思わず声を上げる。
「証拠見つけたって喜んでたの、確でしょ」
「そうなんだが、冷静になって考えてみたらどうもしっくりしない。イメージが違うんだよな……。急にキャラが変わったっていうか。呪符を目立つところに置いたり、校庭中に埋めたり、やることが派手になってるし。わざと見つかるように仕向けてるって気がするんだよな。ほら、いつだったか坊さんが呪いは密かに行うものだって言ってただろ」
「そうだけど……」
私をちらりと横目に見て、神主が口を開いた。
「まあ、いくら考えたところで想像の域を超えない。それよりも、あの女の幽霊が誰なのか調べたほうが早い」
さり気なく話題を変える。
「調べられるんですか?」
確が勢い込んで身を乗り出した。
「怪談には二パターンあったな。学校の小間使い説と製糸工場だった頃の女工説だ。小間使いの方は村の長老たちに話を聞くとして、後は響子さんが修理してくれた郷土資料を調べ、それからもっとマイクロフィッシュを取り寄せて……。遡れるだけ遡ってみよう」
ほくほくした顔でもみ手をせんばかりだ。
「俺たちも手伝います。あ、おまえ、今舌打ちしただろ」
「してない」
「まあまあ、マイクロフィッシュリーダーは一台しかないし、郷土資料は手伝ってもらおうにも解読できないだろ。私と響子さんに任せなさい」
「叔父さんもそう言ってることだし。確は大人しく受験勉強でもしてりゃいーの」
「自分がめんどくさいことを避けたいだけだろ」
「めんどくさいって言っちゃった! この人今、めんどくさいって言っちゃったよ!」
軽口を叩いて笑いあうと少しは気がまぎれる。腫物に触るような扱いをされないのも助かっている。左手の包帯は確が文句を言いながら巻いてくれた。
「そういえば神主さん、学校のお祓いを思い立ったのは何でこのタイミングだったんですか? 霊は昔からいたのに」
「ん? 私がお祓いを依頼したみたいな言い方だな」
タブレットを取り出し画面を操作しながら言う。そしてふと顔を上げ、私と確の顔を見比べてから両手を振った。
「いやいや。私から依頼したわけではないぞ」
三人同時に怪訝な顔を見合わせる。
「わ、た、し、は、た、の、ん、で、な、い」
耳の遠い老人に聞かせるように、一音ずつ区切って言う。
「そんな筈ないよ。うちは、先方の依頼なしに巫女を派遣したりしない」
「いや、こっちは逆に頼まれた方だ」
「はあああああ?」
弾みをつけて立ち上がる。
「落ち着きなさい、万琴。えーと、ひと月ほど前に京都の青龍庵だったか? そこの将大さんって人から電話があってな、渡り巫女を派遣するからよろしく頼むみたいなことを言われてだな。面白そうだな、と思って引き受けたわけだ」
「しょぉたぁあっ!」
雄叫びを上げ、取り出したスマートフォンで青龍庵を呼び出す。
「はい。京都青龍庵ですう」
三コール目で将大の能天気な声が応えた。
スピーカーをオンにしてテーブルに置く。
「万琴だけど」
「なんや、万琴。どないしたん」
「どないしたんとちぃがう! なんであんたは男のくせにいっつも尼寺にいる!」
「俺は息子やし、別にええやんけ。何を今さら」
おっとりとした関西弁がさらにイライラを煽る。
「そのせいで、今私は窮地に立たされてる! この依頼を受けたの、あんたよね」
「ああ、そやで」
「誰からの依頼だった」
「えーと、ちょっと待ってや」
台帳をパラパラめくる様子が目に浮かぶ。
「ああ、そや! 思い出したわ。なんやけったいな電話やってん。夜遅うに電話が掛かってきて、いきなり万琴を名指しですぐ寄越せみたいなこと言われてやな。用件だけゆうて名乗りもせずにガチャンや。で、多分高校の校長やろう思って次の日電話したらやな、お祓いなら神社に電話してくれ言われて、玉置神社の電話番号教えられてん。えらい大変やってんで」
自分の手柄のような口ぶりだ。あまりの間抜けぶりに頭を抱えて尋ねる。
「夜中にかかって来た電話の相手、どんな感じだった。声の感じとか、年齢とか」
「えー、ぼそぼそ聞き取りにくかったな。あんま覚えてへんわ」
「男か女か、どっち?」
「うーん。どっちや? 電話かかってきたん夜中やし、俺も寝ぼけてたからなあ」
「しっかりし! ええ年こいて、電話番もろくにできひんのかっ、あほんだら!」
ついつられて関西弁で怒鳴る。
「相変わらずきっついやっちゃなぁ。そんなんやったら嫁の貰い手ないで」
「うるさいっ!」
たまらず部屋を飛び出した。置き去りにしたスマートフォンから、「まあ、おきばりやすう」と将大の声がした。自室の襖を荒々しく閉めると仁王立ちになり、何か蹴飛ばせるものはないか探した。壊れてもいいものが何もなかったので、畳に拳をめり込ませる。危うく二人の前で、こんな村来るんじゃなかったと怒鳴ってしまうところだった。
「万琴、大丈夫か?」
暫くたってから、襖の外で神主の声がした。
「大丈夫」
深呼吸してから部屋を出ると、神主の後ろに確も立っていた。散らかった部屋を見られないよう、後ろ手に襖を閉める。クロウがいたときは、いつもきちんと整理していたのに、今はその気力が湧かない。
「あっちで話そう」
先に立って居間に戻る。
「一体、依頼主は誰なんだ。それに何で万琴の名前を知っているんだ」
ソファーに腰かけるなり神主が口火を切った。
「私はこっちの方に知り合いも親戚もいない」
「まさかとは思うけど、おまえの評判をどこかで聞いたとか?」
「まさかとはなにさ」
虫の居所が悪いせいで、我ながらどすの効いた声になる。
「生きてる人間とは限らないよ」
私が言うと、確が驚いたように顔を上げた。
「旧校舎の霊が電話してきたって言うのか? そんなことが可能なのか?」
「霊は電気や電波と相性がいいからね。照明や、テレビを付けたり消したりするのなんかお手の物だし。霊から電話がかかってきた場合は、呼び出し音が違って聞こえたりするんだけど、将大は霊感が皆無だから分からなかったんでしょ」
「でも変だ。わざわざ自分の敵を呼び寄せるなんて。一体何の目的でそんなことするんだ」
「さあね」
すっかり冷えたほうじ茶を飲み干す。
「でも現にクロウはいなくなり、私たちは窮地に立たされている。それで十分じゃない?」
重苦しい空気が立ち込め、八つ当たりした自分に嫌気がさす。
「なぜこのタイミングなのか」
沈黙を破って、神主が出し抜けに言った。
「確君、さっき私にそう聞いたね?」
「ええ、そうですけど」
そして何かに気が付いたように、確が目を見開いた。
「何の目的で電話したのかはさておき、なぜそのタイミングだったのか!」
神主が頷いた。
「旧校舎の取り壊しが決まった時期と、万琴へ依頼の電話があった時期がぴったり重なる」
「それだ!」
立ち上がって興奮気味に歩き回る。
「なあ、旧校舎が取り壊されたら、あの女の霊はどうなる?」
私に向かって聞く。
「地縛霊なら取り壊しと同時にエネルギーを失って消える。浮遊霊だとしても呪いの儀式に拘って残ってるんだったら、護摩壇を破壊されるといずれ消えるでしょうね」
「取り壊しに対する反発と、おまえを呼び寄せることに何の関りがある?」
「まさか、私が臆して取り壊しに反対すると思ったとか?」
「だとしたら?」
「全く、見くびられたものね」
ソファーのクッションに拳を叩き込む。
「こうなったら何としても取り壊しを決行させてやる!」
「おまえの性格上そうなるよな。あー、堂々巡りだ」
力なくソファーに倒れこむと、頭を抱えた。
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