七章:侯爵令嬢は決着をつける①
こうして、エレオノールはシャルロットと楽しいひと時を過ごした。
しかし、シャルロットも多忙な身だ。夕方前に王宮を後にすることになった。
エレオノールは再び侍女に連れられ、行きに通った道を戻る。侍女は馬車の停泊する場所まで見送ってくれた。
アルベールも今日は早く仕事を切り上げ、一緒に帰るつもりだと言っていた。しかし、彼の姿はまだない。御者のガエルがいるだけだ。
「お帰りなさいませ、エレオノール様。もうすぐアルベール様もお戻りになります。馬車に乗ってお待ちください」
ガエルの手を借り、エレオノールは馬車に乗る。
一人きりになると、先ほどまでのことを思い出す。
(シャーリィ様と――ジスラン様とお話しできてよかった)
二人の想いを知ることが出来、エレオノールは安堵していた。
どちらも尊敬する相手だ。あの二人ならこの国の未来のために支え合っていくことが出来るだろう。
(あとは、リディのことですわね)
思い浮かぶのは異母妹の姿だ。
エレオノールは自身がコルネイユ侯爵邸を出てから、彼女が何をしているかを知らない。アルベールに訊ねても、彼は本当にリディアーヌに興味がないようで「分からない」という答えしか帰ってこない。元々、コルネイユ侯爵邸に紛れさせていた
それから少しして、馬車の扉がノックされる。
乗り込んできたのはアルベールだ。
「エリー」
彼は嬉しそうに笑うと、エレオノールを抱きしめてきた。その体温にエレオノールは安心感を抱く。控えめにエレオノールも抱き返す。
「シャルロット嬢とのお茶会はどうだった?」
「とても楽しい時間でしたわ。連れてきてくださってありがとうございました、アルベール様」
「それは良かった」
本当にシャルロットと話せてよかった。エレオノールの胸は満足感でいっぱいだ。
二人を乗せた馬車はラルカンジュ公爵邸へ向けて出発する。
エレオノールが上機嫌で馬車に揺られていると、アルベールが微笑んだ。
「それで、皇太子殿下とは何を話したのかな」
その言葉にエレオノールは固まった。
――完全に忘れていたが、アルベールはエレオノールがジスランに会ったことを知っているのだ。
よくよく見れば、アルベールの目は笑っていない。とにかく弁明をしなければと思った。
「な、なにもアルベール様が心配されるようなことはありませんでしたのよ。ちょっと昔のことと、シャーリィ様のことを話しただけですわ」
「昔って何? 婚約していた時代の話? 君が皇太子殿下のことが好きで、皇太子殿下も君が好きだったとでも話したの?」
「違いますわ」
誓ってアルベールやシャルロットに顔向けできないようなことは何もなかった。
「もう、皇太子殿下とのことは全部終わったんですのよ。私が愛しているのはアルベール様だけです」
エレオノールの今日の行動はアルベールを不安にさせたのかもしれない。
腰にアルベールの腕が回る。再びエレオノールはアルベールに抱きしめられる。先ほどよりも力は強い。
「私以外を見ないでくれ」
――それはどういう意味合いでだろう。
エレオノールは考える。
異性として、という話であれば既にアルベール以外の男性をそういう対象で見てはいない。視界に入れるな、という意味ならそれは難しいと思う。
何にせよ、今の発言は嫉妬や不安から来るものだろう。だから、エレオノールはアルベールを安心させるための言葉を口にする。
「私はアルベール様のものですよ。アルベール様に夢中なんですから、余所見なんてしませんわ」
「分かってる。分かってるよ。それでも心配なんだ」
普段余裕のある態度を崩さない彼がこうも縋りついてくる姿は少し可愛らしく見える。
エレオノールは微笑む。
「今のアルベール様はとっても可愛らしいですわ」
「……可愛いが男にも通じる褒め言葉だと思ってるなら認識を改めたほうがいいよ」
確かに年下の女性から「可愛い」と言われても男性は喜べないだろう。
アルベールは体を離す。
「見苦しいところを見せたね」
「いいえ。普段見れないアルベール様のお姿を見れたようで嬉しかったですわ」
偶にはこういうのも悪くないと、エレオノールはくすくすと笑う。
そのとき、アルベールの顔が近づいてきた。鼻先が、唇が触れるんじゃないかと思うぐらい近い。
「――行きの馬車のこと、覚えてる?」
覚えている。
――キスをしたいが、化粧が落ちるから今は出来ないと言われた。帰りを楽しみにしていて、とも。
顔を真っ赤にさせ、答えられないエレオノールの顎をすくう。
「今は私のことだけ考えて」
唇が重なる。深く、深く。
触れられた場所が燃えるように熱い。力強い腕に抵抗は許してもらえない。
エレオノールは馬車がラルカンジュ公爵邸に着く直前まで解放してもらえなかった。
✧
ラルカンジュ公爵邸に着いたエレオノールたちを出迎えたのはルシールだった。
彼女はアルベールに支えられ、馬車から下りたエレオノールを見て、瞬きをした。それから主人に視線を向けた。
「…………お坊ちゃま。お気持ちはお察ししますが、あまりやりすぎると奥さまに報告せざるを得ませんよ」
「キスしかしてないよ。母さんに叱られるようなことは一切していない」
確かにアルベールの言うとおりだ。
エレオノールはアルベールにキスしかされていない。前回のように服を脱がされそうになることもなかった。しかし、それだけなのにエレオノールは今顔を真っ赤にさせて涙目になってしまっている。
今までたくさんの恋愛小説を読んできた。
愛する二人が濃厚なキスをするシーンたくさん読んだことがある。しかし、若い令嬢向けの物語は心理描写はされるものの、実際に具体的なことはまったく描かれていない。
濃厚な――あるいは情熱的な口付けというものを実際に体験したエレオノールは、実体験の生々しさにすっかり参ってしまっていた。もちろん、アルベールとのキスが嫌だったわけではない。
ただ、心臓の鼓動が早い。このままでは死ぬのではないかと本気で心配になってしまったくらいだ。
(この調子で大丈夫なのでしょうか)
今も恥ずかしくて、とてもではないがアルベールと目が合わせられない。
溜息を一つついたルシールに連れられ、エレオノールは自室へ引っ込むことになった。
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