六章:侯爵令嬢は元婚約者と向き合う⑦
「はい。私はリディアーヌ様に直接お会いしていません。実際、自分の目でどんな方か、確かめてみたかったんです。――会ってみるか、と提案してくださったのはアルベール様です」
「それで男性の振りをなさったんですか?」
シャルロットが固まる。
「……それ、誰に聞いたんですか」
「皇太子殿下ですわ。男装して馬丁として王宮で働いていた、と」
「そこまで話したんですね、ジスラン。その件は秘密ですよ。知っているのは私とジスランとアルベール様と、あとは姉様ぐらいなので」
確かに皇太子の側室が馬丁として働いていたというのは醜聞だろう。シャルロットは「誰にも言わないでくださいね」と念押ししてきた。
「アルベール様が私を連れて王宮に行くのはそれはそれで問題でしょう? 変な噂が立ちかねません。アルベール様に変装が必要って説明されて――男の子の格好させられたんです。使用人として連れていくのが一番いいけど、侍女としてだと私の顔を知っている人に気づかれてしまうから、男の子として連れていくって」
「まあ」
思わず、エレオノールは声を漏らす。
目の前にいるシャルロットは着飾っていることもあり、どう見ても女性である。いくら、男性の格好をしても分からないものなのだろうか。あまり想像がつかない。
「あの、シャーリィ様が女性というのは気づかれなかったんですの?」
「まったく、気づかれませんでした。ジスランも結局、アルベール様が暴露するまで私を男の子だと信じてて――あれはさすがに傷つきましたね。お転婆って言われることはありましたけど、男の子に間違えられたことはなかったので」
男装しているとはいえ、まったく気づかれないというのも女心は傷つく。エレオノールはシャルロットに深く同情した。
「ひどいですわ。シャーリィ様はこんなに可愛らしいのに」
「ありがとうございます。でも、私も鏡を見て、『これは気づかれなくてもしかたない』と思ってしまったのでしょうがないと思います。アレは男の子に間違われますよ」
自分でも男の子に間違われても仕方ないと思う、というのはどれだけ上手く変装出来ていたのだろう。そう言われると実際に見てみたくなってしまう。
「話が脱線しましたね。――とにかく、私は元々あの婚約解消の真相を知りたくて王宮に出向いたんです。いつもの癖で関係ないことに首を突っ込んではしまいましたが、結果的にジスランとも知り合うことが出来ました。だから、チャンスだと思ったんです。もしかしたら、ジスランの真意を知ることが出来ると思ったんです」
そして、今シャルロットはその真意を――真実を知っている。
「私の想像した状況ではありませんでしたが、私はエリー様も知らなかった本当のことを知りました。こんなのエリー様もジスランも望んだものじゃない。全部、全部、アルベール様のせいです。あの人のせいでエリー様もジスランも苦しむ結果になったんですよ」
デーブルに置かれた手に力がこもる。
彼女は怒っている。シャルロットがこうも怒りをあらわにしているのははじめて見た。
シャルロットは一度深く息を吸う。
「でも、今更こんなの私が怒ることじゃないですね。エリー様はもうジスランに未練はないと仰ってました。アルベール様がとてもエリー様に執着してることもよく分かりました。今更、私が出来ることなんて何もなかったんです」
「そんなことはありませんわ」
反射的にエレオノールは口を挟む。
「シャーリィ様にどれだけ私が救われたことか。きっと、皇太子殿下も同じ想いのはずですわ」
シャルロットの行動は確かにエレオノールを救ってくれた。きっと、彼女の存在に救われているのはジスランだって同じだ。
しかし、彼女は静かに首を振る。
「でも、私は今も思ってますよ。やっぱりエリー様が皇太子妃になるべきでした。私には役不足だったんです。ただの田舎育ちの伯爵家の娘には皇太子の妃という地位は荷が重すぎました」
シャルロットの表情は苦悩に満ちている。
「今もジスランを支えたいという想いは変わりません。でも、やっぱり皇太子妃には相応しい方がなるべきだと思います。リディアーヌ様が離縁されて、ジスランは私に皇太子妃の座についてほしいと言っています。でも、私には無理です」
シャルロットは俯く。
「エリー様に本当のことをお伝えしたら―今回の騒動が落ち着いたら、ジスランに気持ちを打ち明けるつもりでした。でも、正直今の私には自信がありません。全部、覚悟してジスランの求婚を受け入れたはずなんですけどね」
「シャーリィ様」
それははじめて聞くシャルロットの弱音だった。
「それは、皇太子殿下が他に妃を迎え入れてもいいということでしょうか?」
「……その方がこの国にとって良いかもしれません」
エレオノールは一度目を閉じた。
かつてエレオノールも将来皇太子妃になる立場にいた。王族の妃の役割をについて教えられ、その責任の重さに恐怖を感じたこともある。今のシャルロットは、かつてエレオノールが抱いた恐れを持っているのだろう。
エレオノールにはシャルロットの気持ちが分かる。だから、エレオノールはハッキリと断言した。
「それは違いますわ」
シャルロットは目を見開く。
「皇太子殿下を支えていくのはシャーリィ様でなければなりません。だって、シャーリィ様も皇太子殿下を愛していらっしゃるんでしょう? 好きな相手を諦めることは本当に辛いことですわ。私はそのことを知っておりますもの」
「……エリー様」
テーブルの向かいに手を伸ばす。シャルロットの手を握る。
「シャーリィ様、皇太子殿下にきちんと気持ちを伝えましょう。それが大事と私たちに教えて下さったのはシャーリィ様ではありませんの。シャーリィ様と皇太子殿下ならどんな困難も一緒に乗り越えていけると、私は信じていますわ」
エレオノールは微笑む。
シャルロットの表情が歪む。しかし、やっぱり彼女は泣かなかった。
「ありがとうございます。エリー様」
代わりに声を潤ませながら満面の笑みを返してくれる。
「そうですね。お互い支え合うのが大事ですよね。ちょっと、私らしくありませんでしたね」
「誰だって、ときには弱気になってしまうことぐらいありますわ」
シャルロットは苦笑しつつ、人差し指を口に当てる。
「でも、さっきお話したことは秘密にしてくださいね」
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